パリ五輪で誤審が騒動に。「AI審判」の導入を進めるには?スポーツAI研究者の藤井慶輔に聞く
8月11日に閉会したパリオリンピックでは、審判による判定の偏りを指摘したり、「誤審ではないか」と疑問視する声が多く上がった。 【動画】TeamTrack Dataset Preview オリンピックに限らず、スポーツでたびたび問題になる判定の問題は、AIの発展でどう変化するのか。 今回の記事では、名古屋大学大学院情報学研究科准教授で、機械学習とスポーツアナリティクスの融合に関して研究を行なう藤井慶輔さんにメールインタビューを敢行。 AI審判の現在地や導入への課題、今後の展望に加えて、スポーツにおけるAIの活用について話を聞いた。
「AI審判」の導入はどうなっている? 現状を整理
─2023年の体操の世界選手権では、AIによる採点システムが初めて男女の全種目で導入されました。AI審判を用いる際には、現段階でどのような技術が使われていますか? 藤井:AI審判で主に用いられる技術については、動きを測定する部分と、測定された動きから評価する部分に大まかに分けられます。 前者の動きを測定する部分では、多くが選手の姿勢や場所、つまり腕や脚などの関節や、フィールドのどこにいるかという位置情報を推定しています。 スポーツによっては、加速度などのセンサー情報を用いていることもありますが、センサーの導入コストや選手の動きやすさなど考慮する点が多くなるため、多くは非接触のカメラやLiDAR(編注:Light Detection And Rangingの略。レーザー光を用いて、対象物の距離や形などを測定する装置)などから選手の動きを推定していることが多いです。体操競技の自動採点では、富士通によるLiDARを用いた3Dセンシングが使われていると聞いています。 測定された動きから選手の動きを評価する部分においては、正確に位置情報が計測でき、かつ人間がある程度明確に定義できる動きにおいては、AI審判を活用しやすいと言えます。 体操競技や、サッカーのオフサイド判定などは有名ですが、ボールの動きまで含めると、バレーボールやテニスなどの自動ライン判定技術、野球の自動ストライク判定技術はすでに存在して使われはじめています。 ─AI審判を導入している競技としていない競技には、どんな違いがあるでしょうか?AI審判が得意なこと、不得意なことを教えてください。 藤井:AI審判を導入できるかどうかは、現在の技術的に可能かどうかと、制度として導入可能かどうかで論点が整理できると思います。 技術的な観点で言うと、研究レベルでは、水泳の飛び込みやフィギュアスケートのジャンプ、競歩の反則判定など、いくつかのトピックで研究が行なわれています。現場で使いものになる精度になっているかについては使い方にもよるので一定の基準を示すことは難しいですが、実用に向けてはより正確なデータを大量に取得して、より正確なAIをつくっていく必要があり、より大規模なチームで行なうことが求められるように思います。体操競技である程度できている以上は、これらは技術的には可能だと考えられます。 参考までに、私たちの研究室で行なった、競歩の反則判定とフィギュアスケートのジャンプの評価技術に関するコードとデータがこちらとこちらです。 ただし、それらがすぐ大会などで導入されるかと言われると、さまざまな課題があります。 まず導入コストについてですが、AI審判を導入することで公平性の向上が期待されるものの、ただちに何らかのコストが削減されるというわけではないので、最終的には運営側が感じる価値が導入コストを上回ったときに検討され始める、というのが実情ではないかと思います。 あとは、既存のルールにどう組み込むか、人間の審判の判断とどのように関わるか、試合での観客の熱量が下がらないような(素早い)オペレーションを実現できるか、など様々な観点で導入できるかどうかを検討する必要があります。そのため、AI審判を大会やリーグで導入するというのはとても大変なことで、技術者はもちろんですが、各関係者の努力のおかげで成立していると思われます。