「ウクライナ政府に裏切られた」…ロシアに追われる女性ジャーナリストの身に次々と襲いかかる「耐え難い苦痛」
そして「国の仇敵」へ
わたしたちは一階に降りた。ロビーには、自動小銃を担いだヒゲ面の男たちはもういなかった。重苦しい静けさだった。 「警護はどこへ消えたの?」 周囲を見渡しながら、不安気な声でニックにきいた。 「知りません。2時間前にはいましたがね」 「変ね。リーザもヤロスラフも電話に出ない。どうしたんだろう?」 カフェに行き、テーブルに着いた。この時、知らない番号からのメッセージが入った。 「ウクライナ内務大臣顧問があなたと面会したいそうです」 「すみませんが、わたしは治安機関の人には会いたくありません。わたしは記者と会いたかったんです」 事態の展開に驚きながら、返事を書いた。 しばらくすると通信社のニュースが流れた。 「マリーナ・オフシャンニコワの名前はウクライナの敵をリストアップしているデータベース『ピースメーカー』に載っている。オフシャンニコワはクレムリンの情報心理作戦に関わっている」
「誰もわたしのことを信じていない」
「ニック、これは情報戦争よ。誰もわたしのことを信じていない。どっちの刑務所に入ればいいの、ロシア、ウクライナ?」 「なぜウクライナの刑務所なんです? あなたはウクライナ人を助けたいんでしょう。わたしには何が何だかさっぱりわかりません」 ニックは驚いたように肩をすくめた。 「SNSでは、プロパガンダをやってたのだから、わたしを収監すべきだ、と書かれてるわ」 「世界は正気を失ったんです。明朝5時ちょうどに出発しましょう。ウクライナ保安庁はわたしたちをエスコートするのをやめました」 「なぜ? 何が起きたの?」 「リスクを冒したくないからですよ」 「わたしたちだけで行くの?」 「他の方法はありません。なるべく早く出たほうがいい」 「わたしたちだけならキシナウに行きましょうよ」 「いいですよ」 ニックは自分のボスからのメッセージを読みながら、素っ気なく答えた。 その夜、分厚いカーテンを開けてバルコニーに出た。夜の帳がゆっくりと町に下りてきていた。道路はクルマもまばらになっていた。キエフは外出禁止令の時間だった。 『まるで「007」…凄腕のイギリス人エージェントが“ロシアのお尋ね者”を連れて数々の検問を突破した「華麗なる手口」 』へ続く
マリーナ・オフシャンニコワ