『虎に翼』が法律を扱うドラマだからできること 梅子の“家族からの独立”の意味を考える
『虎に翼』は古い価値観を壊して新しい世界に向かう物語だが……
大庭家の泥沼・遺産相続問題は、梅子が溺愛した三男・光三郎(本田響矢)が夫の愛人すみれ(武田梨奈)と恋愛関係にあったことが判明したことで、急速に収束を迎える。梅子の結婚生活がすべて無為なものだったという残酷な結末を迎えたかと思わせて、梅子はむしろサバサバし、前向きだ。 民法730条「直系血族及び同居の親族は、互に扶け合わなければならない」を使って、梅子が姑・常(鷲尾真知子)の世話を押し付けられることなく、家族制度の呪縛から解放されるのだ。この730条、民法改正のとき、要らないのではないかと言われていたものだが、あってよかった、ものは使いようということである。 あっけらかんと人を食ったような作劇の手つきに、若い世代は、前時代の人間たちが勝手に決めてきた軛に縛られず、自分たちのルールで自由に軽やかに生きようとしているのだと感じる。『虎に翼』は古い価値観を壊して新しい世界に向かう物語だ。光三郎とすみれの予想もしえなかった展開は、戦争と同じ理不尽な、どうにもならない出来事の暗喩にも思える。戦争を体験していない者には戦争が描けない。当事者でないものにはどうにも描けないものがあるという問題があるなかで、作者なりに価値観をがらりと変える不条理を考えた結果なのではないだろうか。 演出の橋本万葉もふくめ、ベテランではないから、やや舌足らずな点はあるものの何か自分たちの世代なりのものづくりを模索する気概は感じられる。花江と道男、光三郎とすみれの処理はもう少し丁寧に描いてほしいと感じたことは否めない。というのは、有名なヴァン・ダインの探偵小説20則で説かれるフェア・プレイが頭にあると、もやもやしてしまうのだ。 『虎に翼』はミステリーではないのだが、探偵20則には「すべての手がかりを、隠さないで、読者に示さないとならない」「犯人が分かった後、読者が読み返してみて、なるほど、ここにはっきりした手がかりが書いてある、私も、作中探偵と同じように注意ぶかければ、犯人を発見できたのだ、と思わせるような書き方でなければならぬ」という項目がある。ミステリーではなくても、物語を書くうえでこれは重要ではないかと思うのだ。 が、『虎に翼』は手がかりを意図的に出さずに話を進めているところを感じる。もっとも、探偵20則が発表されたのは1928年である。もうすぐ100年経ってしまうのだ。この長い年月、掟破りの作品も生まれている。だから『虎に翼』がドラマづくりの原則を意図的に破っているとしてもまったく問題はない。そしてそれこそが法律を、法律が変わっていくことを扱うドラマらしさなのではないかとも思うのだ。 参考資料 江戸川乱歩、松本清張著『推理小説作法 あなたもきっと書きたくなる』(光文社)
木俣冬