「魚介豚骨ラーメン」に熱狂するのは なぜ? 一杯のラーメンから始まった 「日本人の味覚の変化」を探る旅
「味の履歴書」みたいなものを書いてみたい
――調べたり書いたりすることは以前から好きだったのですか。 澁川 高校時代、レポートを書くために図書館で明治時代の新聞のマイクロフィルムを読んで興奮したんです。こんな昔の人々の息遣いが感じられる情報にすぐアクセスできることがすごいと思って、楽しくて。 ――食べることにもずっと興味は強いほうで? 澁川 母の手料理が好きでしたね。新聞に載っているレシピで気になるものがあると、切り抜いて作ってくれるんですよ。あと食べものがおいしそうに描かれている物語が好きでした、印象に残っているのは児童文学の『大どろぼうホッツェンプロッツ』。食べものがたくさん出てくるんです、ザワークラウトってなんだろうとか、ワクワクしながら読んでいて。料理を本格的に始めたのは実家を出た20代の終わりですが、高校生ぐらいから遊び半分でやっていました。私は東京の町田市育ちですが、富澤商店(※製菓・製パン関連商品の専門店、全国に店舗を展開する)って町田が発祥なんですよ。中華まんの粉が売られていて、「作ってみたい!」と思いすぐ買いました。家で作れると思わないようなものが作れると、うれしくて。 ――長じて、ライターとして「食」をメインテーマのひとつに選ばれる。最初から食に関することを書きたい、と思っていたのですか。 澁川 いえ、ライターになって10年以上いろんなジャンルの原稿を書いてきました。そもそも、食文化に強く興味を持ったのは大学時代なんです。タイに旅行して、お茶を向こうでも「チャー」と呼ぶと知り、日本とのつながりに興奮して。文化人類学を専攻して、石毛直道氏の著書をはじめとした食文化論を読みあさりました。 ――それが、今に活きている。これから書いていきたいものはありますか。 澁川 味はその人のルーツを示すものでもある、と本書の感想から気づかされました。「自分の家はこういう味だった」とか、自身の経験と結びつけて語る人が予想以上に多くて。味つけの好みは関西風、関東風など出身地によっても異なりますが、「地元の味」に対する思い入れも聞こえてくる。いろんな人にインタビューして「味の履歴書」みたいなものを書いてみたい。 またブラジルやハワイ、ぺルーに渡った人々の「移民の食」にも興味を持っています。ペルーは特に沖縄からの移民の割合が多い地域なんですが、あちらで「そば」といえば、一般にソーキそばを指すほど。食文化は、ともすると固定化された伝統があるように思われがちですが、じつはダイナミックに変化しているものなんですよね。外からの影響を受け、さらにそれがパーソナライズ、もしくはローカライズされて定着していく。ひとりの人間を通して、あるいは社会全体を通して、ダイナミックな食の変容を描いていけたらと思います。 ◇◇◇ 「味なニッポン戦後史」を読んで思ったことは、「食の多様性」に他ならない。島国の中に多様すぎる食文化が混在し、あらゆる味覚的嗜好に対応できる選択肢や環境があり、選ぶ自由がある。これは文化的成熟だと私は思う。 ただ食に対して思い入れが強すぎると、個人的な嗜好の対極的なものを非難したり、下に見たりしてしまうような、悲しいことも起こりうる。 澁川祐子さんは本書の最後を「願わくは、食について屈託なく語り合える世の中であるように」と締めくくられていた。いろんな味覚と嗜好があって、そこにいい悪いもない。日本の食の豊かさとは、そんな鷹揚さを体現していくことでもあると教えられた一冊だった。 澁川祐子(しぶかわ・ゆうこ) ライター。1974年、神奈川県生まれ。食と工芸を中心に執筆する。丹念な取材と確かな洞察力、洗練された表現によって生み出される文章が多くの支持を集めている。著書には他に『オムライスの秘密 メロンパンの謎 人気メニュー誕生ものがたり』(新潮文庫)がある。 白央篤司(はくおう・あつし) フードライター、コラムニスト。暮らしと食、ローカルフードをテーマに執筆。本サイトでは「罪悪感撲滅自炊入門」を数年にわたって連載中。近著に『台所をひらく』(大和書房)、『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)などがある。 『味なニッポン戦後史』 定価 968円(税込) 発売日 2024年4月5日 集英社インターナショナル新書 » この書籍を購入する(Amazonへリンク)
白央篤司