’24政治決戦(3)不安定な政権下での経済対策はいかに
難しい日銀の立場
日銀の異次元緩和を批判的に見ていた石破首相だったが、政権誕生後すぐに政府・日銀の「共同声明」を見直さないと表明した。さらに、日銀の植田和男総裁との会談後、記者団に「追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」とまで言い切った。また野党側にも日銀に早期正常化=利上げを期待する声はあまり強くない。与党惨敗という選挙結果を受けても、金融政策をめぐって日銀を取り巻く状況に変化はなさそうだ。 物価上昇率は2年以上、目標の2%を上回っている。そこにこれだけ巨額の財政出動や実質的な減税が加わることは将来的なインフレ要因の蓄積という側面がある。また、政治が日銀の利上げを阻止すれば円安に振れる可能性も。もし円安が進行した場合、一層の物価上昇圧力が日本経済にかかってくる。日銀の利上げを封じておいて、物価高対策を議論してもあまり意味はないだろう。 ただ、日銀側にも7月から8月にかけて市場への発信の仕方を誤り、混乱を招いたという負い目がある。植田総裁は、現在の政策金利の水準は中立金利(景気刺激にも引き締めにもならない金利水準)以下であり、仮に引き上げがあったとしても緩和基調は変わらない―と説明してきた。しかし、政治の世界はそうは受け取らない。物価動向をにらみながら官邸や永田町との間合いをどうとっていくのか。日銀は今後も、難しいかじ取りを迫られることになる。
重い貿易立国・日本の責任
衆院選の結果に関係なく、この秋以降、日本経済に最も大きな影響を与えそうなのが11月5日投開票の米大統領選挙だ。共和党候補のトランプ前大統領は、中国からの輸入品には60%、日本を含むほかの国からの輸入には10~20%の高率関税をかけると公約している。 ▽中国に60%関税をかければ、国際的な製造・流通・販売の流れが阻害され、日本などにも大きな影響を与える▽輸入関税の引き上げは米国でインフレを引き起こし、連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに追い込まれる▽FRBが利上げすれば米景気の減速を招きかねないし、為替相場は円安に振れる──など世界経済は相当の混乱発生が予想されている。 石破首相は早ければ11月中にも次期大統領と会談できるよう模索しているようだが、共和党が勝利した場合、トランプ氏に関税賦課の断念を働きかけるという重い任務を背負っての会談になる。 また、国際的な通商体制の中心的存在である世界貿易機関(WTO)は、現在事実上の機能停止に追い込まれている。とりわけ米国の反対で本来なら7人必要な上級委員会のメンバーがゼロになってしまっている。同委員会は各国間の紛争処理で中核をなす組織。現在の状況は国際的な貿易ルールの喪失につながりかねない。 グローバル化の一翼を担う自由貿易の推進が各国で格差の拡大を招いたとの批判はあるにせよ、傍若無人にルールを無視して勝手な行動でWTOの機能をブロックすることが許されるはずもない。石破首相が続投するのであれば、貿易立国・日本のリーダーとして次期大統領をどう説得するのかが問われることになるし、その説得は日本経済の混乱を防ぐという観点からも大きな意味を持ってくる。責任は重い。
【Profile】
軽部 謙介 ジャーナリスト・帝京大学経済学部教授。1955年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、79年時事通信社に入り、主に経済部で取材、執筆。ワシントン支局長、ニューヨーク総局長、編集局次長、解説委員長などを歴任し、2020年4月から現職。著書に『日米コメ交渉』(中公新書、農業ジャーナリスト賞受賞)、『検証 バブル失政』(岩波書店)、『ドキュメント 強権の経済政策』(岩波新書)、『ドキュメント 沖縄経済処分』(岩波書店)など。