エンターテイナー・戸田恵子の凄みを見せつける『虹のかけら』ゲネプロレポート
三谷幸喜による、戸田恵子の一人芝居。ミヤコ蝶々を描いた傑作『なにわバタフライ』(2004年)、そして2018年初演の『虹のかけら~もうひとりのジュディ~』と、三谷は戸田を通してエンターテイナーを描くことに大きな意味を、そして喜びを見出しているのかもしれない。しかも、本作で描いているのは映画『オズの魔法使』(1939年)等で知られるジュディ・ガーランド……ではありながらも、彼女自身ではなく“もうひとりのジュディ”。いろいろな意味でひねりを効かせて創られた、三谷×戸田の最強タッグによる極上のステージだ。そのゲネプロの模様をレポートする。 【全ての写真】『虹のかけら~もうひとりのジュディ』ゲネプロ公演より
ジュディ・ガーランドとジュディ・シルバーマンの姿を通して歌い、演じる
ジュディ・ガーランド(本名フランシス・エセル・ガム)は映画会社MGMで子役として活動、『オズの魔法使』のドロシー役で名実ともに大スターとなる。だがその陰には、彼女にドロシー役を奪われ結局日の目を見ることはなかったジュディ・シルバーマンの姿があった。彼女は、ガーランドにとっての親友、そして後年は付き人として、トニー賞やグラミー賞を受賞し華々しい活躍をしながらも子役時代に与えられた麻薬によって生涯苦しみ続けたガーランドの側にいた。ガーランドはシルバーマンに心を許していたが、そんな彼女を本名からくる「フラン」と呼び続けたシルバーマンの方は、決してそうではなかった。「愛憎」と言ってしまえば単純だが、それだけでは言いようのない想いがそこにはあったようだ。だからこそ後年、30年間の日記を基に『A Piece of Rainbow』という書籍を出版。それをニューヨークで入手した戸田が三谷にその本を紹介し、こうして舞台化を……といういきさつだ。 ステージは、戸田の語り、ジュディ・シルバーマンの日記『A Piece of Rainbow』の朗読、そしてジュディ・ガーランドの歌を戸田が歌う、という3要素がシームレスに展開される。俳優として声優としてこれまで戸田が積み重ねてきたキャリアの厚み、などと言ってしまうのも安直だと感じるほどに、3つが自然に一体化している。一見軽やかに見せながら、しかし実はとてつもなく濃密なことをやってのけているステージなのだ。これは戸田の確かな実力があってのことだし、三谷の戸田に対する厚い信頼と敬愛が感じられる。それほどに、三谷舞台における戸田恵子は無敵なのだ。「笑っても泣いても、私ひとりしか出ていないので」というセリフもあったが、ひとりで十二分に観客を魅了してしまう。なんて素敵なんだろう。 だがそこで描かれる“ふたりのジュディ”の姿は、光と影の強いコントラストが印象的。ガーランドはスターとして光を浴びながらも、子役時代に映画会社から麻薬を与えられて酷使され、一生苦しみ続けるはめになった。そしてシルバーマンは彼女自身がそっくりそのままガーランドの“影”となる。シルバーマンの複雑な想いを、戸田は繊細な表情や声色で表現。“もうひとりのジュディ”のガーランドに対するまなざしは、時にぞくっとする程だ。 さらに、「ニューヨーク・ニューヨーク」「アイ・ガット・リズム」「オーバー・ザ・レインボー」などジャズナンバーやガーランドの楽曲を歌う戸田のボーカルが、とてつもなく魅力的。特に一度ステージからはけ、黒いドレスで現れた時の美しさときたら。思わず息をのんだ。時にはそれに帽子をかぶったりジャケットなどをはおったりしながら、その時々のガーランドの歌を聴かせる。ピアノの荻野清子、ドラムのBUN Imai、ベースの鈴木陽子、3人のミュージシャンの演奏も粒ぞろいで、彼らの音楽に酔いしれる。おまけに3人は、時に効果音を出し、時には帽子やサングラスなどを身に着けてガーランドの夫たち(彼女は3回結婚している)や周りの人間を表現するなど、演者としても活躍する。そういう意味では、戸田のセリフでは「私ひとりしか出ていない」だが、「出演者は4人」とも言えるだろう。ミニマムな構成でとびっきりのステージを見せてくれるのだ。