思い込みからCMのフレーズを「盗作だ」と主張… 電通に“19億円”要求した男のてん末
調子に乗ったとしか思えない
実際、T氏は裁判で、自分の標語は「日本三大紙の一つである毎日新聞の第一面に記載され〔…〕ているから、〔…〕非常に大きな組織力と情報量を有する被告電通が原告スローガン〔T標語〕を知らなかったということはあり得ない」と強気の主張をしている。 普通に生活をしていれば、自分の名前が新聞の一面を飾ることなんてまずない。また、このときT氏は社会面でも写真入りでインタビューが掲載され、「初めて作った標語が入賞するなんて驚きました」「ロサンゼルスでもハワイでもチャイルドシートをしている光景は当たり前」などと喜びと標語の意義を饒舌に語っている。よっぽど他に報じるべき事件がない平和な日だったに違いないが、本人からしてみれば、末代まで語り継ぎたい自慢話だろう。
普通は読み飛ばすのでは……
だが、冷静によく考えて欲しい。いくら『毎日新聞』の一面といっても、ニュースでも社説でもない、交通安全スローガンの受賞作を紹介する小さなスペースなのである。果たして一般読者の印象にどれほど残るだろうか。 いくら「非常に大きな組織力と情報量を有する」(これも買いかぶりだが)電通でも、三年前のT標語を「知っていて当然」なわけがない。間違いなく、偶然似てしまったに過ぎない話だ。
果たして裁判所の判断は
ちなみに、偶然の一致であればその時点で著作権侵害は成立しない(「依拠性がない」という)のだが、裁判所は、偶然かどうかはあまり積極的には認定しない傾向がある。どちらの当事者にとっても立証が難しいからだ。 本件では、表現の特性や周辺状況から「似て当たり前」という理屈(誰が書いても似て当たり前の部分に独占は認めない)で権利侵害を否定した。東京地裁は以下のように判示している。 両スローガンとも、チャイルドシート着用普及というテーマで制作されたものであるから、「チャイルドシート」という語が用いられることはごく普通であること、また車内で母親が幼児を抱くことに比べてチャイルドシートを着用することが安全であることを伝える趣旨からは、「ママの より」という語が用いられることもごく普通ということができ、原告スローガンの創作性のある点が共通すると解することはできない。 つまり、いずれの類似点も「ごく普通」であるから創作性を認められず、類似点に対して著作権を行使することはできないとしたのだ。納得できないT氏は、さらに金をかけて控訴したが、同様の理由で敗訴している。 結局同氏が一連の裁判に費やした金額は、合計で1000万円近くになったのではないだろうか。ちなみに、「全国交通安全スローガン」の総務省長官賞の賞金は3万円である。この人の金銭感覚は、いったいどうなっているんだろうか。もう少し、費用対効果ってヤツを冷静に考えた方がいい。
弁護士JP編集部