ヤクルトGMが感謝する青木宣親の変身と献身 「若手にいろいろなところで影響を与えてくれた」
今日まで、山崎は野球に関するたくさんのことを青木から聞き、すべて試したという。 「グリップの位置だったり、タイミングの取り方だったり、走者一塁の時の考え方だったり......。21年のオフはずっとLINEをさせてもらって、自分のバッティング動画も送ってアドバイスをいただき、22年は118試合に出ることができました。今年は『左手はこう出したほうがいい』や、『こういう感じで構えて、右手の意識はこうしたほうがいい』とか」 青木の引退を知った時は「青木さんからレギュラーを奪えなかったことが......」と、複雑な表情を見せた。 「なんて言うんですかね。おこがましいですけど、青木さんを目標として、そのなかで勝手にライバルと思っていたんですが、(ポジションを)奪えませんでした。今は悔しい気持ちと、寂しい気持ちです。これからもっともっとうまくなって、もっともっと成長した姿を見せられるようにやっていけたらと。引退試合までになんとか一軍に上がりたいですね」 【背番号23をつけたい】 丸山和郁は「ノリさんの引退試合までに一軍に上がれるかな......」と言った。 「自主トレでお世話になった時から、ノリさんがユニフォームを脱ぐ日は、絶対に同じ場所でプレーしていたいと。その思いはかなり強いです」 今年3年目の丸山にとって、青木は子どもの頃からの憧れの選手だった。 「実際に目の当たりにした青木さんはストイックで、練習でも妥協をしないですし、24時間、野球のことを考えている方です。自分はあまり深く野球のことを考えたことがなかったのですが、青木さんに出会ったことで、たとえば1打席の結果をどう紐解いていくかとか、こういうトレーニングは野球につながっていくとか、そういう細かいところまで教えていただきました。今はその姿勢に少しでも近づきたいと思ってやっています」 今年春には「まずは0から1をつくることが大事だよ」という金言を授かった。 「1というのは土台で、それがないと2にも3にも進めないと理解しました。実際に今年、タイミングの取り方やバッティングポイントの土台づくりをする最中に打ち出すことができたのですが、まだ完全じゃなかったので状態が落ちた時に脆かったというか......。戻る場所が見つからず、迷子になってしまいました。ノリさんが言っていたのはこういうことなのかなと。何で打てていたのか、どういう動きをしていたのか。そういうことはちゃんとメモしてあるので、今はそれを整理して、しっかりした土台をつくっているところです」