「こんなおもろい世界があんねんな」NON STYLEの石田明、舞台仕事で躍動する今
舞台に特化することへの不安は?
テレビの仕事を抑えて舞台に特化することに不安はなかったかと尋ねると、「全くなかったです」という答えが返ってきた。 「家が貧乏で、芸人になってからもずっと借金があったので、それを返し終わったときが僕の中でゴールやったんです。そこまではずっとピンチというか『これを返されへんかったら死ぬ』とか思ってたんですけど、返し終わったらサーッと全部抜けて楽になって。自分はもうやり切ったから、あとはやりたいことをやればいいと思っているんです」 いま石田は2022年2月上演の『結 -MUSUBI-』という舞台の準備に追われている。彼が脚本・演出を務めており、「言葉を使わない舞台」という新しい試みに挑戦している。その手法をあえて選んだのは、海外でも通用するものを作りたかったからだという。 「漫才は言葉に特化しているものだから、海外に向けてやるためにはクオリティーを下げないといけないんです。やりたいことのクオリティーを下げてまでやるのはちょっと違うかなと思って、今までと違う形で笑いを届けたかったんです」 国内外の言葉を使わない舞台に足を運び、その内容を徹底的に研究した。それぞれ面白さはあったが、笑いの種類は似ていると感じた。自分なら芸人としてそこに新しい形の笑いを持ち込めると確信した。 「言葉がないことでお客さんもより注意を払って舞台を見ることになると思うんです。自分から見ようとしないと面白いものに気づけない状況になるので、すごい緊張感があって、『緊張と緩和』の最たるものになるんじゃないですか」 「言葉を使わない」という手法を選んだことには別の意図もある。社会の変化やコロナ禍の到来によって、「してはいけないこと」ばかりがどんどん増えていて、世の中が窮屈になっている。石田はその状況を悲観的に受け止めず、その中で前向きに生きていく道を示そうとしている。
漫才は誰とでもできる
「お笑いだけでなく、普通の生活もどんどん窮屈になっているじゃないですか。それを逆手にとって楽しんでいきたいんですよね。卓球がうまくなったら、利き手じゃない方の手だけを使うっていうルールにしたらもう一度面白くなってくるじゃないですか。何かを制限するのは面白さを増すこともあるんです。こうやって制限されていく世の中をどうやって楽しんでいこうか、っていうことにつながればいいなと思っています」 この舞台は石田にとって「はじめの一歩」にすぎない。いずれはこの公演を継続的に行うための常設の小屋をつくりたいとも考えている。 舞台の仕事に熱中しすぎると漫才がおろそかになるのかというと、その心配はない。石田にとって演劇と漫才は同じ「生の舞台」であり、そこに区別はない。NON STYLEも、一時は井上が漫才への意欲を失って窮地に追い込まれていたが、トラブルを起こしてからの活動自粛・復帰を経て、彼のやる気も上がってきたという。 「まあ、昔に比べたら漫才に向き合っているとは思います。でも、井上が『やめたい』って言ったら普通に解散しますよ。『漫才は井上としかできない』って言ったら美談になるかもしれないけど、漫才って誰とでもできるんで。相方は誰であっても漫才はできるし、井上だけに執着してるわけじゃない。今だったら、(ウーマンラッシュアワーの中川)パラダイスもいるし、(ピースの)又吉(直樹)もいるし、カジサックもいるし。同期で空いてるやつがいっぱいいるんで、次は誰とやろうかな、って楽しみになるぐらいです(笑)」 生の舞台に魅せられた物静かなクリエーター気質の芸人・石田明。彼にとっては演劇も漫才も同じ。すべては目の前の観客を楽しませるためにある。彼が舞台に立つとき、客席には少年時代の目をキラキラさせた自分自身が座っているに違いない。 (いしだ・あきら) 吉本興業で相方の井上裕介とお笑いコンビ「NON STYLE」として芸人活動を行う。2008年M-1グランプリ優勝。漫才師としての実力だけではなく、数々の舞台にも出演し俳優としても活動中。芸人養成所講師やプロデュース業など多彩な才能を持ち脚本・演出としても多くの作品を手掛ける。2022年2月の舞台『結-MUSUBI-』でも脚本・演出を手掛ける。