ドラマを下支えする“演出家”、美術装飾が甦らせる昭和の情景。『海に眠るダイヤモンド』の世界観を味わう
今回の制作では、1950年代という時代背景を忠実に再現するために、さらに特別な工夫と調査が必要だったという。 ■家電と未整備なインフラが共存する端島の生活 1950年代の端島は、家電の普及率や生活インフラの状況が東京などの都市部と大きく異なっていた。たとえば、当時の東京ではテレビの普及率は約10%に過ぎなかったが、端島ではほぼ全世帯にテレビが普及していたといわれている。 一方で、川や湧水などの水源がない端島では、水道設備が整っておらず、1日に1回給水栓のもとへ行き、水券と交換に運んだ水を水瓶に溜めて、少しずつ大切に使っていた。このように、先進的な側面と未整備な部分が共存する生活環境が、端島特有の文化を形づくっていた。 「端島は高度経済成長期を迎える中で非常に特異な場所だったようです」と前田さんは言う。この特異性を映像で表現するため、セットや小道具には時代背景や地域特有の文化が細かく反映された。たとえば、物語初期では、台所に蛇口がない場面が描かれるが、1950年代後半の場面では水道が整備され、冷蔵庫やテレビなどの家電が部屋に配置されている。これらの細やかな変化が、時代の進化と生活の変容をリアルに伝える仕掛けとなっている。 ■端島の象徴、「日給社宅」が映し出す住人の個性 炭鉱労働者とその家族が暮らした「日給社宅」は、端島独特の環境を象徴する存在だ。ドラマのセットでは、部屋ごとに住人の特徴や家族構成を細かく描き分けることで、生活感を生み出している。 ひとり暮らしの部屋では、布団が敷きっぱなし。家具も最小限に抑えられたシンプルな空間が描かれている。一方、大家族が住む部屋には、散らかった食器や玩具、洗濯物などが配置され、にぎやかな家庭の雰囲気が表現されている。「洗濯物の干し方や貼り紙の内容にも、その家族の特徴や時代背景、季節を反映させました」と前田氏は話す。 「本来なら役者さんが手に取る可能性のある小道具、たとえば引き出しの中に至るまで、もっと細かくこだわりたかったのですが、時間の制約もあり、十分にできなかった部分もあります」と反省を口にする前田氏。それでも、「可能な範囲でリアリティを追求し、一瞬のシーンでも、そこに住む人々の生活を感じてもらえるよう心がけた」と語る。限られた条件の中で、あらゆる要素が計算されていることがうかがえる。