【映画大賞】主演男優賞の山口馬木也、俳優25年で作り上げた時代劇の軸とは…/ロング版
第37回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(日刊スポーツ新聞社主催、石原音楽出版社協賛)の各賞が、先月27日の配信番組および28日付の紙面で発表されました。動画や紙面でお届けできなかった受賞者、受賞作関係者のインタビューでの喜びの声を、あらためてお届けします。 ◇ ◇ ◇ 山口馬木也(51)が「侍タイムスリッパー」(安田淳一監督)で映画初主演を果たし、初の主演男優賞を受賞したのは、1つの運命だったのかも知れない。映画が好きで、俳優になりたいと右も左も分からず、芸の道に飛び込んで四半世紀…。手探りで進んできた中、自らの中に確立した1つの役作りと、劇中で演じた会津藩士・高坂新左衛門の、お手本としてきた人物の姿が、1つに結実したことで、遅咲きながら大輪の花を咲かせた。 山口は、地元岡山の県立総社高時代に、フランスのレオス・カラックス監督の1986年(昭61)の映画「汚れた血」を見て映画俳優になりたいと初めて思った。京都精華大に進み、美術学部洋画専門分野を卒業後、俳優を目指して上京。つてもなく「田舎から出てきたばかりの若造には、どうしていいか分からない」中、昼は肉体労働、夜は居酒屋で働き続けたが、体調を崩して夜の居酒屋1本に切り替えた。「俳優をやりたい、やりたいというのは、ずっと言っていたんですけど…ある方が『紹介してあげようか』ということで」俳優の道に踏み出すきっかけを得た。「たどりついた」というのが、本音であり現実だった。 1998年(平10)に、日中合作映画「葵花却(ひまわり)」(蒋欽民監督、日本での公開は00年で邦題は『戦場に咲く花』)でデビューした。「せりふが、ほとんどなくて、そこに立っている兵隊」役だった。同時期にテレビドラマの撮影にも参加。「現代劇ですね。チョイ役。ひと言、二言だったんですが」と振り返る。 その2つの現場で、がくぜんとしたという。「映画は好きで見ていたし、皆さん、出ている方はお上手なので、誰でもできるんだと思っていたんですよ。やってみたら…まぁ、何もできない。ここまで何もできないことがあったのかと思って」。特に「はっきり覚えているのは、テレビの現場」だった。「3行くらいのせりふを頂いたのですが、初めましての人含め、あれだけの大勢の人数が集まっていた中で、何かそこでライブで生み出していくことに手も足も出なかった」。00年3月の蜷川幸雄さんの舞台「三人姉妹」で、陸軍少尉のローデ役で初舞台を踏むが「蜷川さんにも、まぁ、こっぴどく怒られ、えらい恥をかいてきましたね」と苦笑した。 苦闘の中で出会ったのが、時代劇だった。00年の映画「雨上がる」(小泉堯史監督)のオーディションを受けた。応募要件だった殺陣と馬に乗ることができないながら、道着を着て竹刀を手に参加。合格したものの「何もできない。しかも俳優じゃないのに、受かってしまって、あたふたしてしまって、ウソがバレ」たため、合宿のような形で時代劇の所作、刀の使い方、馬の乗り方を学んだ。「その時に、覚えたらできることがある」と感じた。03年のフジテレビ系ドラマ「剣客商売」で、藤田まことさんが演じた主人公秋山小兵衛の息子・大治郎役を、渡部篤郎から引き継いだ段階で「これは1つ、ちゃんとやっておかなければいけないこと」と心に決めた。 一方で「所作事というのも、作品を変えると逆にいらなくなった」こともあったという。「だから自分の中で、時代劇をやる上で何を大事にしようかなということ」も熟慮した。その結果、導き出した最も大切なものが「時間の流れ方」だ。「昔は、今じゃ考えられない距離を『ちょっと』と言ったりするんです。その作品においての時間の流れ方ではなく、時代背景を調べる中で、自分の中の所作が決まってくる。そういうものを、どの作品でも太い幹、ベースに置いておければ良いと。そういうものを現場に持っていって、あとは景色なり、相手役がいらっしゃるので、そこで生まれたものしか信用はしていないんです」。 「侍タイムスリッパー」で演じた高坂新左衛門は、落雷によって幕末から現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてしまい、140年後の現代を「斬られ役」として生きていく。会津弁はもちろん、タイムスリップしてしまった現代に戸惑いつつも、少しずつなじんでいこうとする姿含め、幕末に生きた人、そのものとしか思えないと評価された。そうした芝居は「時間の流れ方から枝分かれしていくことを、僕の中で時代劇をやる時の軸としている」と語るように、調べた時代背景を徹底的に、その身に落とし込んだ研さんの末にできあがった。【村上幸将】(後編に続く) ◆山口馬木也(やまぐち・まきや、本名槙矢秀紀=まきや・ひでのり)1973年(昭48)2月14日生まれ、岡山県出身。高校時代にレオス・カラックス監督の「汚れた血」を見て俳優を志し、京都精華大美術学部卒業後に上京。居酒屋でバイトしていた中、関係者を通じて俳優の道に進み、00年の映画「雨あがる」に出演。03年のTBS系「水戸黄門」で鳴神の夜叉王丸、「剣客商売」で秋山大治郎に抜てきされた。NHK大河ドラマは01年「北条時宗」、13年「八重の桜」、20年「麒麟がくる」、22年「鎌倉殿の13人」に出演。 ◆侍タイムスリッパー 会津藩士・高坂新左衛門(山口)は幕末、長州藩士と刃を交えた瞬間、落雷で気を失う。目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。江戸幕府の滅亡を知り、気を落とすが、剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として撮影所の門をたたく。