キャリアも家族も失い「死んだ鹿の目」だった俳優、東出昌大さんが、「また生きよう」と思えた山暮らしの魅力 「人間社会の『常識』が無駄に思える」
話しながら、東出さんはたき火にフライパンをかざし何か焼き始めた。「ツキノワグマの肉をごちそうします。僕が捕ったものではないですけど」。オリーブオイルと塩で焼いたという熊の肉は想像以上のおいしさだった。弾力はあるが、かめばかむほどうまみがあふれてくる。脂身にも独特の香りと甘みがあった。 肉に舌鼓を打ちながら尋ねた。「熊を撃ってみたいですか」。東出さんは少し考えて「そうですね、必要があれば」。狩猟をするのは基本的には食べるため。それは“師匠”と呼ぶ登山家、服部文祥さんの教えでもある。 「僕が役作りで太った時があって。師匠と一緒に猟に行ったら、『デブに撃たれる鹿は浮かばれねぇな』って言われたんですよ。役作りだったのに!」と笑う。 東出さんが「ともぐい」の中で印象に残ったのは、感情の宿っていない女の目を「死んだ鹿の目」と形容する一文という。 「ものすごくリアルな表現だな、と。目って不思議なもので、生きている時は奥に光があるんです。でも命がこと切れる瞬間に、それがかすんで茫洋(ぼうよう)とした色になる」
その言葉を聞き、思い出さざるを得なかった。東出さん自身にもそんな目をしていた時期があったことを。2020年に発覚した不倫騒動で、キャリアも家族も失った。バッシングを受けてどん底にいた東出さんに「山に来たら」と最初に声をかけたのが、狩猟仲間の服部さんだった。 ▽抗議するより、黙って鹿をさばく方がいい 「(自分から)人が離れていくだろうな、と思っていたんです。でもこっちに来たら、地元の人が『人生いろいろある』と言ってくれて」。スキャンダルの後、しばらくは眠れない日々が続いていたが「山ではよく眠れたし、飯もうまいと感じた」。ここでやり直そう、と決めた。 移住後も、インターネット上では「複数の女性と共同生活」などという報道がされた。現地には実名で報道された女性もいたが、東出さんとは別の場所に家を借りて暮らしており、事実無根だ。間違っているのに抗議しなくていいんですか、と尋ねてみた。 「抗議しても、今度は『東出が女性との共同生活に言及』という記事が出るだけ。そんな無駄なことをするより、ここで黙って鹿をさばいている方がいい」