西山朋佳さんがカド番しのぎ「史上初の女性プロ棋士」まであと1勝 そもそも将棋界ではなぜ女性の活躍に「高い壁」があるのか
イベントでは女流棋士は大人気
囲碁を打つ女性は源氏物語絵巻にも描かれており、女性プレーヤーの歴史は長い。一方、「戦(いくさ)」のイメージが強い将棋を指す女性は現在でもまだ少なく、ひと昔前までは奇異な目で見られることさえあったという。 女流棋士1期生の関根紀代子六段はかつて「私の若いころは町の道場で将棋を指すと人だかりができるほどだった。女性が将棋を指すようになってからまだ歴史は浅い。女流棋士の実力についても、もう少し見守っていてほしい」と話していた。 こうした経緯があるため、女流棋士は長い間、男性と対等なプロではなく、将棋界に「花を添える」存在としてみられることが多かった。 「女流棋士は弱くたっていい」「将棋イベントでの司会などで活躍してくれれば十分」という、いまとなっては信じ難い声もかつての将棋界には根強かった。実際、将棋関連のイベントで女流棋士は男性の強豪棋士以上にモテモテとなることもある。 そもそもプロ養成機関・奨励会に入った女性は西山さんを含めて過去に数人ほどで、最初からプロになりやすい女流棋士を目指す女性は多い。女流棋士は奨励会2級程度の実力があれば女流2級としてプロデビューできる。 現在では「女流」という言葉自体が差別的なニュアンスを含むといった声もあるが、将棋界ではいまも女性のプロを女流棋士と呼ぶ。「正式なプロ棋士ではなく、あくまで女流という別扱いなんですよ」というささやきも聞こえる。 男性と対等な女性のプロがいないことで、日本将棋連盟の運営においても女性の発言力は長年、弱かった。2010年までは女流棋士は棋士総会にも出席できず、女流棋戦の運営についても男性棋士だけで決めていた。現在は女流四段以上に限って棋士総会出席が認められている。
華のある西山将棋
西山さんの実力には男性プロも一目を置いている。攻めが強く、終盤の競り合いにも強い。「西山さんの将棋が今、いちばんおもしろい」(先崎学九段)と評されるほどスリリングで華のある将棋を指す。今や「男性のトッププロに勝っても誰も驚かない」とさえ言われるほど、実力を上げており、西山さんの編入試験合格を期待する声は女流棋士、男性棋士のいずれからも聞こえてくる。 奨励会三段まで行った西山さんは現在、白玲、女王、女流王将の三つの女流タイトルを保持している。同じく奨励会三段まで行った福間香奈さんは清麗、女流王座、女流名人、女流王位、倉敷藤花の五つタイトルを保持しており、女流棋界のタイトルは奨励会元三段の2人にすべて握られている状況だ。2人とも正式なプロ棋士まであと一歩まで行っていた経歴を考えると、この結果は当然のことと将棋界では受け止められている。 西山さんを含めて女流棋士のトップクラスは男性棋戦の予選にも参加できる。アマチュアのトップにも参加の機会がある。 プロ編入試験の受験資格は、女流棋士やアマチュアが、複数の予選に参加し、「いいとこ取りで10勝以上かつ勝率6割5分」の成績を残した場合だ。西山さんはこれをクリアし、編入試験の受験資格を得た。 ただ、過去に福間香奈女流もプロ編入試験に挑戦したが、0勝3敗で不合格となっており、編入試験を勝ち切るのは容易ではない。 試験官役は奨励会三段を抜けて四段になったばかりの活きのいい若手棋士ばかり。その若手棋士にとっては、タイトルなどとは関係ない勝負ながら、真剣に相手を負かしに行くのが将棋界の鉄則でもある。 故米長邦雄永世棋聖は「自分にとって重要な勝負でなくても、相手にとって重要な勝負では、全力で負かしに行かなければならない」と言い続けた。将棋界では「米長哲学」と呼ばれて広く受け継がれており、第4局の相手を務めた宮嶋健太四段にも手を抜く様子など微塵もなく、敗勢となってからは何度もくやし気な表情で天井に視線を送っていた。 西山さんは果たして歴史的快挙をなしうるのか。1月の最終局は名古屋大大学院工学研究科中退という棋士としては異色の経歴を持つ柵木(ませぎ)幹太四段との対戦となる。 石山永一郎 1957年生まれ。ノンフィクションライター 将棋はアマ四段。趣味にはポーカーも。 デイリー新潮編集部
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