「杏さんなら深掘りしてくれる」直感信じて託した「かくしごと」 関根光才監督
傷痕は美しい 修復の必要性
千紗子の生きざまは作品のテーマと深くかかわっている。関根監督は「今の時代、いろいろな要因から逼迫(ひっぱく)した状況に追い込まれている人は多い。傷つきやすくてもそれをさらけ出せず、〝かくしごと〟にしてしまうことも多々あるのではないか」と根幹に触れていく。「表現者の一人として、修復の必要性を考えてきた。(陶磁器の)金継ぎのように。傷があるものを再生させ、その傷を隠すのではなく美しいと見る視点が大切だと思う」。千紗子ばかりではない。登場人物は誰もがそうした傷やかくしごとを持っている。「うそとはニュアンスが違う。かくしごとの意味をより深く感じてほしい」 俳優の感情も大切にしてきた。例えば、少年を演じた中須翔真の現場では、その場で日常的に「こういう時にこのセリフを言って、おかしくないですか。違和感があれば、そのセリフはやめましょう」と話したという。
団塊ジュニアが得られなかった家族
母性の映画という見方もできる。関根監督は1976年生まれ、2人の子供がいる。自分たちの世代特有のものもあるという。「団塊世代の子供で、仕事にまい進してきた親の下で、子供は勝手に育つという風潮があった。同世代の人と話すと、薄いネグレクトのようなものを感じる。大人になって、(その反動もあって)異様に家族関係を大切にする人が増えたと思う。自分たちが得られなかったものを何とかしたかったのだと見ていた」 個人差はあっても、この映画を製作する背景として関根監督が考えてきたことだった。「子供をきちんと見て育てるのは当たり前だから、社会現象として特段取り沙汰されたり、語られたりすることはないかもしれないが、親と子の関係性は自分が子供の頃とかなり違うと考えてきた」。この映画でそれを伝えようとは思っていないとしつつも「世代が持っている喪失感や空気、結局得られなかったものを描いているのかもしれない」と話した。
映画記者 鈴木隆