松下洸平、初エッセイに綴った激動の3年半「マイナスの感情もそれだけでは終わらせたくない」
――本の中には「僕はあまり言葉を知らない」という一文がありましたが、読んでいてとてもスッと入ってくる言葉ばかりだなと思いました。 松下:本当は難しい言葉を使いたいんです。カッコいいから(笑)。プロの作家さんたちみたいにいろんな言葉で素敵な表現をしたいなって。でも、そういう言葉を使うと担当編集者さんから敏感にチェックが入るんです。「バレた!」と思います(笑)。 ――バレた!(笑) 松下:「コイツ、多分この難しい言葉使いたいだけだな」みたいな! だから、結局僕の中の引き出しから言葉を選ぶしかなかったんです。ただ、そこには37年間生きてきて、誰かから聞いた言葉や、誰かと話して感じた言葉が詰まっているはずなので。単純かもしれないけれど、とてもストレートな言葉たちになったんじゃないかなと思います。 ――それこそ、お仕事を通じてもたくさんの作品に触れていらっしゃいますから、言葉の紡ぎ方が素敵だなと思う方はいらっしゃいませんか? 松下:僕は井上ひさしさんがとても好きです。井上さんの「むずかしいことをやさしく」で始まる座右の銘が有名ですが、そのモノの捉え方とか考え方に影響を受けているかもしれません。井上さんの作品もたくさん拝見していますが、戦前・戦中・戦後の話が多くて。そこに登場するみなさんが、貧しさとか苦しさを抱えながらも、健気に笑顔で生きようとしているところも魅力的です。 ――なるほど。このエッセイが、とても身近に感じられるのは、そういった考え方がベースにあるからなんですね。では、36篇ある章のなかで、松下さんが特に思い入れのある章はありますか? 松下:連載のお話をいただいてから、家族の話はずっと書こうと思っていました。なので母が車を買い換えた話は割とすらすら書けました。「これが書きたい!」っていう思いが強ければ強いほど早く書けるし、イラストもすぐに描けます。それを読んだ母もとても喜んでくれましたし、その「ハイエース」っていう章は思い入れが強い章になりました。 ▪️大切にしているものを守りながら。もっと楽しいものを探していきたい ――さくらんぼの種を取って一気に頬張ったり、スマホの変換機能で未知の漢字を探したり、読みながら松下さんの1人舞台が脳内で再生されて笑ってしまいました。最近はそういった発見はありましたか? 松下:ミュージカルの稽古が始まったので今、移動中の車の中で発声練習をしてるんです。でも、その声がどれくらい外に漏れ聞こえているのかがちょっとわかんないんですよね。信号待ちとかで、ときどき隣の車の人と目が合うんで漏れてるんだろうな……。うん、きっと漏れてると思います(笑)。 ――(笑)。松下さんならではの視点が面白くて、読みながらエッセイだけでなく、物語の創作もできるのではと期待してしまったのですが? 松下:時々、「監督をしたり、脚本を書こうとは思わないんですか?」と聞かれることがあるんですが、知れば知るほど僕には無理だなと思います。今回も本を作るにあたっていろんな方に携わっていただいたんですが、校閲の方と初めて関わらせていただいて、こんなすごい仕事があるんだなとびっくりしました。多分、世界で1番『フキサチーフ』読んでる人です(笑)。 ――「世界で1番」と言いたくなるほど修正のラリーが多かったのでしょうか? 松下:もうラリーだらけです!直しても直しても、やっぱりまた返ってきて。もう途中からもう楽しくなってきちゃったくらいでした(笑)。 後に聞いたんですが、改稿作業ってやろうと思えば永遠にできるんだそうです。それはイラストやお芝居も一緒でものづくりは本当に終わりがない。誰かが「はい、ここまで」って言ってくれない限り、 このラリーは一生続くんだろうなと思います。 本来なら僕だってこの表紙イラストもこれで終わりだとは思っていません。「永遠にどうぞ」と言われたら、何回だって描き直したいし、いつまでだって描けるところががあります。でも今回を通して、ものづくりのやり方を改めて実感することができたので、僕は僕のできることを「ここまで」と言われるまでの間で、精一杯やっていこうと思いました。 ――改めてこの1冊は、松下さんにとってどんなものになりましたか? 松下:僕にとっては約3年半の日記のようなものです。普段、日記を書く習慣はないですが、昔の自分の頑張っている姿がこの本には詰まっているので、10年後、20年後に読み返したときに、僕を助けてくれることがあるかもしれないと思っています。 実はこの本を書いてるときにリリースした「旅路」という曲があるんですが、その曲も過去の自分を振り返りながら今を歌う曲で、この本でやっていたこと似ていると思っています。僕の曲の中では、それが『フキサチーフ』のテーマソングのように感じています。いつか僕がくじけそうになったとき、過去の自分が背中を押してくれるんじゃないかなと思っています。 ――帯には「まだ探している。『ここじゃない』そう思う。」とありましたが、今こうして大活躍されていますが、「まだ」という感覚なのでしょうか? 松下:自分が何者なのか模索して、だいたいこういう者だっていうのが確立されたように感じますし、満たされた日々を送らせてもらっています。けれど、もっともっとやりたいことを見つけていきたいし、やっていきたいなって思うんです。今、大切にしているものを守りながら、もっと楽しいものを探していきたいと思っているので、現状に決して満足することはないようにしたいです。 ――では最後に、この本の中にも「今年を振り返ってみてどうでしたか?」っていうお決まりの質問に思うところがあるというお話がありましたが、あえてお聞きしたいです。「今年を振り返ってみてどうでしたか」そして「来年の抱負を教えてください」。 松下:今年はありがたいことに本当にいろいろなお仕事をやらせていただきました。できる限りどれも手を抜かず、生煮えな状態でお届けしないようにと、心がけた1年でもありました。そういう意味では悔いのない1年だったような気がします。そして今年も本に書いたように「来年はね、もうめちゃくちゃにしてやろうかと思ってるんですよ」とは言えなさそうです。年明けにも舞台の稽古があるので、迷惑をかけちゃうから。ちゃんとしたお正月を過ごしたいと思います(笑)。
佐藤結衣