「東大生だからといっていい気になるな」 東大総長たちが若者に送った強いメッセージ
新渡戸稲造の『武士道』精神
第20代総長の西洋史学者、林健太郎(在任1973-77)は、1968年11月1日の大河内一男総長辞任にともなう人事一新で文学部長に就任した直後、文学部全共闘との団体交渉に臨み、11月4日から12日まで、じつに173時間にわたって学内の建物にカンヅメ状態にされた「林健太郎監禁事件」で有名です。そんな林総長は1976年の入学式式辞で、歴史学者らしく、先人たちの言葉を織り交ぜた式辞を新入生に贈っています。 〈フランス語に“ノブレス オブリージュ”(Noblesse oblige)という言葉があります。Noblesseは貴族、obligeは義務があるという意味で、これは貴族である者には、それに伴って強い義務があるということであります。日本でも武士には武士の厳しい倫理というものがありました。諸君は新渡戸稲造という人を知っていると思います。かつてこの人が武士道という本を英語で書きました。東京大学の教授であった新渡戸稲造はクリスチャンでありましたけれども、日本の文化、精神というもののよい面を外国に知らせなければいけないというので大いに努力したのであります。〉 新渡戸稲造は札幌農学校(現北海道大学)で内村鑑三の同期生であり、南原繁も矢内原忠雄も同じ聖書研究会のメンバーでした。英語で書かれた『武士道』は1899年にアメリカで刊行された後、各国語に翻訳されて世界的なベストセラーになり、日本語版も1908年に出版されています。 キリスト教とは直接関係しない日本の伝統文化を、母語ではない言語であえて外国に紹介する労をとった新渡戸の強固な使命感に、林総長は武士道に通じる「ノブレス・オブリージュ」、すなわち「高き身分の者に伴う義務」の範を見て取ったのでしょう。 林総長はさらに、東大初期の卒業生である森鴎外がドイツ留学中に書いた「ForschungのFruchtを教えるの期は去れり。Forschungを養うべし」という言葉を引き、研究(Forschung)の結果(Frucht)だけを教えている時期はすでに去った、これからは研究という行為そのものを教えなければいけないと述べていたことを紹介していますが、これは前年の入学式で語られていた「物を知る方法を知る」という方法論・認識論の重要性を、いち早く指摘したものと言えるでしょう。このように、先人たちの行為や言葉を織り交ぜながら学問の本質を説く林健太郎総長の式辞には、いかにも歴史学者らしい知見がちりばめられています。