「終わりは物語の始まり」カウンターで見守った阪神大震災からの復興 老舗バーの30年
それから数年はがむしゃらに働いた。「一度気を緩めると自分自身が潰れてしまうような気がして」と康雄さん。「若かったからこそできたこと」と2人でうなずいた。あの日以来顔を見なくなった常連客もいる。「あまりに多く人が亡くなり過ぎた」と店の再開後は記念イベントは行わなくなった。
■「あの日を経験したから今がある」
平成22年、産経新聞が震災をテーマにエッセーを募っていることを知った裕子さんは「書いてみよう」と思い立った。15年という年月を経て改めて震災を振り返る日々。完成したエッセーを読んだ康雄さんは「あの日のことを思い返すきっかけになった」と振り返る。
そしてもうすぐ、震災から30年。リーマン・ショックや新型コロナウイルス禍、そして長引く不況-。かつては客があふれた店内だが、空席が目立つ日も増えている。
一方で、震災前の店を知る人の再訪や、常連客が子や孫と酒を酌み交わす場面にも立ち会えるなど喜びも多かった。昨年には「神戸名店百選」にも選ばれ「神戸のバーではちょっとした老舗になれたかな」と2人で笑う。
三宮にもようやく新たな街並みができつつある。康雄さんは「震災前と同じ姿には戻れないが、終わりは(別の)物語の始まりでもある。店も同じ。あの日を経験したからその後の危機を乗り越えた今がある」と穏やかに話す。
生涯現役でカウンターに立ち続けたいと語る夫の傍らで「人と接することが好きなんでしょう」とほほ笑む裕子さん。いつかまた、年老いた夫がカウンターに立つ日々をエッセーにつづりたいと願っている。(木ノ下めぐみ)