オールドメディア、なぜ「蚊帳の外」?◆転換点迎えた「選挙とSNS」【#取材班インタビュー:山口真一さん】
注目の選挙が相次いだ2024年。東京都知事選、米大統領選、衆院選、兵庫県知事選…その全てで既存メディアの影は薄く、「主な舞台はSNSだった」という実感を多くの人が持ったのではないか。「当選を目指さない候補者」が登場し、無数の「切り抜き動画」が勝敗を左右する現代の選挙戦。その裏で何が起きているのか、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授に読み解いてもらった。(時事ドットコム取材班キャップ 太田宇律) 【図解】米国では、既存メディアへの不信の拡大とともにSNSの存在感が増している ◇「石丸現象」で迎えた転換期 SNSで今までにない変化が起きている。記者の目から見ても、そう感じる1年だった。マスコミ不信が深まっているというよりは、既存の報道機関が「オールドメディア」とカテゴリーされ、蚊帳の外に追いやられたような感覚。変化の理由を求めて、ネットメディア論に詳しい山口准教授に取材を申し込むことにした。 「2024年、日本はかなりの転換期を迎えたと感じています」。SNSと選挙をめぐる変化について、こう切り出した山口氏。「特に興味深かったのは、石丸伸二氏がSNSや演説の切り抜き動画を活用して2位に躍進した、東京都知事選の『石丸現象』です。これまで日本では、候補者がSNSでどんなに話題になっても、選挙結果にここまで大きな影響を与えることはなかったので、驚きました」と振り返る。 「さらに兵庫県知事選では、既存メディアにパワハラ疑惑を報じられていた斎藤元彦氏が、躍進するどころか勝利した。斎藤氏の関連アカウントのインプレッション数(投稿表示回数)や動画再生回数は突出していたということですから、SNSの言論が選挙結果とリンクして、勝敗すら変える力を持つようになってきたと言えるでしょう」(山口氏) ◇「8年遅れ」で起きた変化 ―都知事選と兵庫県知事選では、これまでの日本の選挙と何が変わったのでしょうか。 米国では、ドナルド・トランプ氏がヒラリー・クリントン氏に勝利した2016年の大統領選から、既にSNSと選挙結果がリンクする状況がみられました。日本でも、8年遅れでそうした現象が起きたと言えるかもしれません。 つまり、選挙において「自分は既得権益や悪と戦っている」というスタンスで対立構図を示し、それをSNSやショート動画で強調すれば有利になるということが、日本でも証明されたとも言えます。今後は市町村の首長選レベルでも、候補者がSNSやネット動画をより活用するようになるでしょうし、広告収益や注目度を求めるインフルエンサーもそこにどんどん参加するようになるでしょう。 ―「8年遅れ」で変化が起きた理由は何なのでしょうか。 一つは、SNSをうまく攻略できる候補者が、日本ではこれまであまり出てこなかったということがあります。もう一つは、日本の高齢者層もSNSや動画共有サービスを利用するようになったということ。オンライン上で需要と供給がかみ合った結果、米国と同じような変化が日本でも起きたということではないでしょうか。 ◇政策より「対立構図ファースト」 ―SNSでは偏った過激意見ほど注目され、中庸な意見は「伸びない」印象があります。 「SNSでは、さまざまな感情の中で怒りが最も拡散しやすい」という研究結果があります。選挙では本来、子育て支援や経済対策といった各候補の政策に注目して投票すべきなのですが、SNSでは多くの人が怒りの感情を促す過激意見や対立構図にとらわれ、拡散してしまう特徴があるのです。 ―社会全体で、極端な意見の人が増えているのでしょうか。 以前、憲法改正をテーマに、「非常に賛成」から「絶対に反対」までの7段階で意見調査をしたことがありました。すると、両極端の意見の人は少数で、中庸な意見の人が多数を占める山形のグラフになります。ところが、回答者のSNSの投稿回数を分析すると、これが逆転して「非常に賛成」「絶対に反対」の人たちが多数を占めたのです。 「非常に賛成」「絶対に反対」の人たちは、人数ではそれぞれ全体の7%ずつしかいないのですが、彼らがSNS上に投稿する数は全体の46%に達しました。極端な意見の人は強い思いを持っていることから、多く発信するわけです。今年の選挙で見えてきたのは、中庸な意見を持つ多数の人々が、SNSでこうした少数の極端な人の意見を目にすることにどんどん慣れてきて、それが投票行動にもつながっているということです。 ―こうした動きが進むと、具体的にどんな悪影響が懸念されますか。 SNS上の注目度と選挙結果がリンクするようになると、政治のすそ野が広がり、全体の投票率が上がってより民意が反映されるようになるというポジティブな面もあります。しかし、極端な言説ばかりが注目されるようになると、かえって社会の分断が進んでしまいます。 例えば米国では「隠れトランプ支持者」という言葉がありますが、今ではどの候補の支持者も、誰を支持しているか公言しにくい状況になっていると言います。今回の知事選では、兵庫県でも似たようなことが起きていたのではないでしょうか。 多くの人が、各候補が掲げている政策よりも対立構図を見て投票をしてしまうと、社会全体にとってのマイナスにつながります。選挙が終わったら皆で同じテーブルについて、議論して合意形成をしていくのが民主主義のはず。ここまで分断が進んでしまうと、本来選挙の目的だったはずの議論や合意形成が極めて難しくなってしまいます。