<エンタメノート>落語家・柳家東三楼さん 衆院選で菅元首相に挑んだ「奮闘記」
超短期決戦といわれた衆院選に急きょ参戦した落語家がいる。柳家東三楼(とうざぶろう)さん(48)だ。神奈川2区(横浜市西区、南区、港南区)で立憲民主党の公認を得て、自民党の菅義偉元首相(75)に真っ向から挑んだ。10月3日に出馬を表明し、27日には投開票という怒濤(どとう)の日々を振り返る。 東三楼さんは柳家権太楼さんの弟子で、五代目柳家小さんの孫弟子に当たる。文化庁芸術祭新人賞を受賞した実力派の真打ちだ。海外で落語を普及させようと、2019年にアメリカに移住し、活動を続けてきた。 その過程で実感したのは、アメリカでは芸術が尊ばれ、公的な支援が手厚い一方、日本では落語を含む芸術がさほど大切にされていない、ということだ。 「国立劇場の改修が進まない問題一つを考えても、日本ではアーティストが生きていきにくい。日本は芸能、芸術や教育を支える制度が整っていないという不満がありました」 ◇出馬を決めた理由 転機となったのは、日本に帰国していた今年6月。立憲が開講している政治塾の存在を知り、参加してみようと思った。 スタートに先立ち、国会を見学しに行って与党議員のヤジに腹が立った。その日、立憲は岸田文雄内閣(当時)に対する不信任決議案を提出していた。ヤジは野党の批判に耳を貸さないといわんばかりの内容だった。 4月にニューヨークのカーネギーホールで独演会を成功させたばかり。日本に戻らなければならない理由はない。それでも「許せなかった。その日のうちに、選挙に出ようと思い(立憲の)公募に応募し、そこから話が進んでいきました」。 当時は解散・総選挙の時期が固まっていなかった。どの選挙に、どこから出馬するか。党側と協議し、東三楼さんは衆院選の神奈川2区に手を挙げた。 出身地とは関係のない、いわゆる「落下傘」候補で、地盤、看板(知名度)、かばん(お金)の「3バン」はまったくない。しかも相手は選挙にめっぽう強い。 それでも、選挙戦をやり抜こうと決めた。「漢字を書き間違えられると困るので」と、亭号を平仮名にして「やなぎや東三楼」として戦った。 キャッチフレーズは「まっとうな政治に真打ち登場」。アメリカでの経験から「教育や文化が日本人のアイデンティティーになることが海外にいてよくわかった。子どもたちの未来のことを訴えようと思った」という。 ◇報道陣に「なぞかけ」頼まれ… 現役の落語家とあって、取材に訪れた報道陣からはしばしば「なぞかけをやってください」と頼まれたという。 「『菅さんとかけまして……』とか言われましたが、ふざけてると見られるのはいやなんで断りました。着物着て『落語家です』と言って、泡沫(ほうまつ)候補に見られるのもいやなんで。着物は着ない、扇子も持たない」 唯一の例外は、公示日の出陣式だった。 「着物を着て、桂歌丸師匠(故人)の地元、横浜橋通商店街(南区)に行きました。党本部から『もっと落語家を売りにすればいいのに』と言われるぐらい、まともな立憲の候補者というイメージで政策も作り、演説もしました。途中からかなり落語のことも言いましたけどね。その方がウケがいいので」 ◇元宰相の壁は厚く 選挙戦で菅氏と出くわすことはなかったという。「自民党さんとはクリーンな選挙ができました。僕が菅さんについて言ったのは、悪口じゃない。菅さんが、アベノミクスが失敗した時に官房長官だったことや、日本学術会議の会員候補6人を任命しなかったときの首相だったこと。基礎研究をおろそかにするような人はだめだとか」 与党に強烈な逆風が吹き、自民、公明の連立与党が15年ぶりの過半数割れに追い込まれた衆院選。立憲は躍進した。 神奈川2区は、菅氏に東三楼さんら4人の新人が挑む構図となり、元首相は12万票弱、得票率52%超で10回目の当選を果たした。4万7000票余を得て次点となった東三楼さんの得票率は20%余。元宰相の壁は厚く「比例復活」はかなわなかった。 「脚がむくんじゃいましたけれど、短期間であれだけやれました。みんな驚いてました。演説、すごくうまくなりましたよ(笑い)。スーパーの前でやってたら、マンションの方が出てきて、怒られるのかなと思ったら拍手してくれたり、『家の中にいて、あなたの演説聞いてどうも出てきたくなっちゃった』って握手してくれる人がいたり。応援の野田さん(佳彦・立憲代表)から『師匠』と呼ばれたのも、うれしかった」 与党の過半数割れにより、当面の政治情勢は不安定になった。来年の参院選やそれ以降も含めて、先行きへの関心も高まっている。こうしたなか、東三楼さんは今後に思いを巡らせる。 「支持してくれた方に、もう一度、この選挙区でやりたいと伝えてます。落語ですか? もちろんやります。やらないと食えないんで。来たばかりで『ドブ板選挙』ができなかったので、野田さんのように毎日、駅前に立ちたい」【油井雅和】