ヘンリー・ムーディーが語る、若き大器がメンタルヘルスとノスタルジーを赤裸々に歌う理由
「ノスタルジアの歌い手」が思い描く未来
―曲を書く時に特に惹かれるテーマはありますか? ヘンリー:やっぱりメンタルヘルスへの意識を喚起するというのが、一番大きいテーマのひとつかな。音楽って時として、言葉にはできないことを可能にする。通常は到達できないフィーリングの領域へと人間を誘ってくれるというか。だから僕はエモーションを重視し、メンタルヘルスについて語って、試練に直面している人たちの力になりたい。 ―6月に公開したシングル「bad emotions」も、まさにメンタルヘルスをテーマにした曲でしたね。 ヘンリー:うん。この曲にはちょっとダークな背景があって、今年の1月頃、僕のメンタルヘルスはかなり深刻な状態にあったんだ。途方もない不安感におしつぶされて、繰り返しパニックの発作に襲われて。そんなある日、スタジオに行くために電車に乗っていた時にひどいパニックの発作が起きて、「このままスタジオに辿り着けるのか分からないぞ」って、すっかりうろたえていた。で、母に電話をして「どうしたらいい?」と訊ねたら、「ここで家に戻って来てしまったら、不安感に負けたことになって、余計に気分が落ち込むと思う」と言われてね。そこで僕は覚悟を決めて、そのままスタジオに行って、あの日は人間関係にまつわる全く別の曲を作るつもりだったんだけど、コラボレーターたちに「今日はエモーションに関する曲を書く手助けをしてもらえないかな。ものすごく心が敏感になっているから」と頼んだ。さっきソングライティングがセラピーになるという話をしたけど、この時もまさにメンタルヘルスについて曲を書くことで、危機を切り抜けたんだ。あとで振り返った時、「ああ、生まれるべくして生まれた曲なんだな」って思った。いい曲が完成したし、誰かが聞いて癒しを得られるかもしれないなって。セラピーとしてのソングライティングを語る上で、これ以上なくピュアな例だよね(笑)。 ―9月にはニューEP『good old days』がリリースされますが、どんな意図のもとに作った作品なんでしょう? ヘンリー:テーマはずばり“成長”だね。例えば、初めての恋や初めてのハートブレイクに関する曲、メンタルヘルスに関する曲、生きることの意味を見失ってしまった時の自分を描いた曲があって、一瞬一瞬を大切にして生きることを自分に促す曲もある。つまり大人になることについて歌っていて、19~20歳くらいの人間がどんな体験をするのかを伝えている作品になっていたらうれしいね。 ―EPのタイトルもそうですが、まだすごく若いのに過去に目を向けている曲が多いですよね。何かを後悔していたり、懐かしんでいたり。それはなぜでしょう? ヘンリー:全くその通りだね(笑)。なんでだろう? まず僕はノスタルジアというフィーリングを愛していて、例えばベッドの上に座り込んで物思いに耽って、何か強い思慕の念を抱くというか、そういう気分に浸るのが大好きなんだ。だから必然的に、そういう感じの曲が多い。この歳でそんな曲ばかり書いていちゃダメなのかもしれないけど(笑)、好きだからどうしようもないな。ノスタルジアについて歌うことが、僕にとっては本当に心地いいんだ。 ―また最新シングルの「right person, wrong time」は、バンド・アンサンブルが活かされたすごくライブ感がある曲で、今日のパフォーマンスでもライブ映えすることを実感したんですが、ツアーの体験は曲の書き方に影響を及ぼしましたか? ヘンリー:間違いなく影響はあった。「ライブでプレイした時にどんな音になるのかな」って想像しながら書くようになったし、サビはよりアンセミックに響くように意識している。オーディエンスに一緒に歌ってもらうのは本当に楽しいからね。そんなわけで、確かにライブ寄りのサウンドに傾いてはいるんだけど、重要なのは、曲を書く時にそればかり意識するのはよくないってこと。クリエイティブな意味で自分に制限を課してしまうことになりかねない。ライブ映えする必要のない曲だってあるしね。とにかく影響されたのは間違いないし、それがいいことなのか悪いことなのかと問われたら、多分いいことなんだと思う。 ―あなたがシングル「you were there for me」でデビューしてから2年程が経ちましたよね。この2年を振り返って、自分が成長する上で転機になった曲はありますか? ヘンリー:もう2年経ったなんて信じられないけど、多分「you were there for me」が大きかったんじゃないかな。当時はまだインディーで活動していて、あの曲を通じてレーベル契約をしたわけだし、全てが動き始めた。ほかのアーティストのオープニング・アクトに起用されるきっかけでもあったからね。何もかも加速した気がする。 ―最後に、1人の若いアーティストとして活動を続ける上で一番のチャレンジは何でしょう? ヘンリー:僕にとって最大のチャレンジは、まだすごく若いのに、大人として対応することを求められているという点かな。例えばこうして世界中をツアーして、長期間家族から離れて過ごさなくちゃいけなかったり、自分でビジネスを切り盛りしたり、音楽業界をナビゲートするのは簡単なことじゃない。まだ知識も足りていないから実地で色々学ぶ必要があって、眠れなかったり不安に襲われることもよくある。でも、何物にも代えがたい経験をしているからへこたれたりはしない。自分がどうしてもやりたかったことをやれているわけで、辛いことがあろうと、今ここにいられることがうれしくて仕方ないよ。
Hiroko Shintani