「自由でない人生の一方で、子どもには自由に生きろと言う我慢が溜まったら…」乃南アサが『マザー』で描いた家庭の闇
「兄弟は他人のはじまり」と言うように…
「セメタリー」は、「墓じまい」というキーワードから着想した作品です。その言葉を調べていくうちに、もうひとつ本作の重要なキーワードも浮かんできて、その2つを組み合わせて物語を膨らましていったら、インパクトの強いストーリーが生まれました。 いまあげていただいた、母親の「自由に生きなさい」というセリフは、言葉通りならそれぞれの自主性、多様性を認める言葉です。 いまは価値観が多様化し、「理想的な母親像」は風化しつつありますが、ひと昔前のステレオタイプの母親像が求められていた時代には、「母親でいること」はきっと大変だったはずです。 自分は決して自由ではない人生を送りながら、子どもたちには「自由に生きろ」と言い続ける。そうやって我慢に我慢を重ねて、ストレスがマグマのように溜まったらどうなるのか──。それを想像しながら、書き進めました。 ──娘が嫁いだ後、マンション内で鞘当てが起きるほど華やかに変貌していく女性を、マンションの管理人の視点で描いた「アフェア」の母親も、「母親というだけの自分で人生を終えたくない」という意志が感じられ、面白く読ませていただきました。 人間の心の内は可視化できないので、他人にそれを推し量ることはできません。また、ワイドショー番組の人気が高いように、他人の暮らしやスキャンダルが気になる人は、意外に多いものです。 私も普段家にいるときは部屋着を着ていますが、今日のように都心で打ち合わせなどの仕事があるときには、きちんとお化粧をして身なりを整えて出かけますから、もしかしたらご近所の方に「あの人、今日はきっとどこかへお出かけになるのね」なんて言われているかもしれません。そんなことを考えながら書きました。 ──「ワンピース」では、母親が亡くなった後の兄妹の姿が描かれていますが、ふたりの間に存在する「母親」の残り香が、怪談以上に恐怖でした。 「兄弟は他人のはじまり」言うように、子どもの頃は仲良しの兄弟でも、大人になってお互いが結婚するといろいろな問題が生じてきます。親戚が多い人から「親が亡くなった後、関係性が崩れた」「相続や介護で揉めた」などと聞くことも多く、それはそれで大変そうだなと思って聞いていました。 「ワンピース」の兄と妹は、もしかしたら明日の我が身かもしれないという恐ろしさもありますが、あくまでもこれは小説なので、「他人事」として覗き見ることができます。 結局、野次馬でいるのがいちばんなのですよね。小説には、そんな「他人のドロドロを安全な場所から安心して楽しめる」というよさもあるのではないかと思っています。 》【後篇】を読む
相澤洋美