井上拓真の兄弟世界王者奪取を支えた家族の絆…突き上げた両手を父が下げさせた理由
拓真が兄に勝っている点は?
父の真吾トレーナーに「気持ちが強いのは尚より拓」と聞いたことがある。 かつては兄弟スパーリングも大橋ジム内では行われたが、真剣勝負になって2人がエキサイト。「もう止めろ!」。真吾トレーナーが怒鳴りつけて引き裂いたこともあった。もう2人がスパーリングをやらなくなって数年になる。 「もう、ここまで2人のレベルが成長しちゃうと、どちらかが怪我しちゃうんで。危ないんですよ」と父が言う。 兄の尚弥は、緑色のWBCのベルトを手にして「いいなあ、かっこいいなあ」とニヤニヤしていた。 「素直にうれしいですよ。ここまで長かったけれど、その間に、いいキャリアが積めた。試合展開はよくなかったですが、結果、勝つことが大事なんで。課題は、これから克服すればいいんです。まだ23歳、先が長い、きょう悪かったことも見直していけばいい。兄弟だから比べられがちだけど、僕はこういうスタイル、拓は、ああいうスタイル。あそこから倒すきっかけをつくっていければいいんです」 弟の栄誉を称えた。 ――あなたから見て拓真の長所は? 「後半のボクシングは、少なからず長所。あそこで倒すコツを見つければばよくなる」 続けて「拓真があなたを上回っている点は?」と聞くと、間髪を入れず「ない!」と答えた。。 「(拓真が僕を上回る点が)ないように練習をしているんです。合宿でも(ランニングなどの)タイムひとつ取っても負けないようにしているんです」 この兄弟は、だから強い。 長らくマッチメイクされなかった正規王座決定戦の同級1位、ノルダン・ウバリ(フランス)対同級3位、ルーシー・ウォーレン(米国)は、ようやく来年1月19日に米国ラスベガスで開催される。WBA世界ウェルター級王者、マニー・パッキャオ(フィリピン)対エイドリアン・ブローナー(米国)のビッグマッチのアンダーカードだ。大橋陣営が、その試合を直接視察する予定は組まれていないが、拓真の次戦は、その正規王者との統一戦となる。 「この内容じゃ尚に並んだとは言えない。これからも課題が増えていく。ひとつひとつクリアしていきたい」 拓真が、そう決意を語ると隣に座っていた父の真吾トレーナーが「課題は増えるんじゃなく減らすもんでしょう」と、つっこんだ。 さらに会見の問答の中で、拓真が、兄の言葉のほとんどを「興奮して覚えていない」と答えているのを聞いていた真吾トレーナーは、さすがに黙っていられなくなったようで、「ちょっと待ってよ」と言葉を挟んだ。 「控え室からずっと俺が耳打ちしていたことも覚えていないの? やめてよ、うそでしょ?」 すると、拓真は涼しい顔で「なんだっけ?」。 大橋会長が、「それが世界戦なんだよね」と助け船を出したが、このフランクで陽気な親子関係、兄弟関係が井上家の絆であり、兄弟王者を誕生させた秘密なのだろう。 厳しい言葉を続けた真吾トレーナーは最期に本音を吐露した。 「本当はね。嬉しくて泣きそうになった」 それは父親の顔だった。 兄の尚弥が次なる兄弟の野望を口にした。 「まだ暫定なんで浮かれて喜んではいられない。来年の正規の決定戦(王座統一戦)で取って、僕が2勝すれば、バンタムがざっと(井上家へ)」 尚弥がWBSSの準決勝、決勝を勝ち進めばWBAに続き、IBF、WB0のバンタム級王座が手に入る。悲願の井上家のバンタム級4団体制覇計画は2019年に完結する見込みである。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)