自然体で独特な世界観 谷川俊太郎さん悼む声、市内でも【山口】
日本を代表する詩人、谷川俊太郎さんが92歳で亡くなった。全国で喪失感や哀悼の意が表明される中、山口市内でも谷川さんが残した作品や思い出を胸に、その死を悼む声が聞かれた。 谷川さんは、1931年東京都生まれ。52年に第1詩集「二十億光年の孤独」を発表。その後もみずみずしい感性に実験的な作風を交え「六十二のソネット」「定義」などを刊行し、現代詩の最前線を走り続けた。アニメ「鉄腕アトム」の歌詞や米国の漫画「ピーナッツ」の翻訳も手掛け、幅広い読者に愛された。 市内で開かれる朗読会へたびたび参加した。2004年には中原中也記念館の開館10周年企画で、中也の詩の朗読CD制作に長男でピアニストの賢作さんと共に協力。賢作さんの演奏で「一つのメルヘン」などを朗読した。14年の開館20周年には企画展に合わせ「片言」と題した中也への尊敬に満ちた詩を寄稿。最終連は「そのメロディに心も和む夕空に せっかちな星ひとつ 中也さん 今晩は」と結ばれている。 10歳代の頃から愛読し、記念館に勤めてから本格的に交流を持った中原豊館長(66)は「全く偉ぶらず、自然体な人だった」と振り返る。その作風を「難解な詩が無く、どんな人にもすっと入ってくる。日常的な感覚から宇宙的な感覚へとスムーズにつながる独特な世界観で、論理よりも感性によるシンプルだが深い詩を作った。他にいない詩人だ」と評した。 谷川さんも好んだ中也との類似性について「共に定型詩に近い形式で声でも楽しめる優しい響き、穏やかなリズムを持っている」と語った。「時間の問題とはいえ大きな喪失感に包まれている」と悼んだ。 今井町のイベント・コンサート制作「ラグタイム」の香原詩彦社長(71)も、30年にわたり朗読会などを通じて親交を持ち続けた。あるCDの制作で資金難に陥ったときには多額の寄付も受けたという。「限りなく大きな存在で、今はぼうぜんとしている。思い出は尽きない」と語った。