国際舞台と総理のスピーチ力:田坂広志の深き思索、静かな気づき
国際舞台にデビューした新総理の一挙手一投足に注目と批判が集まっている。しかし、国際舞台で国家リーダーに真に求められるものは、当然のことながら、握手のマナーなどではなく、優れたスピーチ力である。 筆者は、永年ダボス会議に出席し、G8サミットでも多くの大統領や首相を見てきたが、優れたスピーチには「5つの力」が求められると考えている。 第1は、政策全般に明るく、いかなるテーマについて訊かれても、当意即妙に答えられる力である。 この点で卓抜であったのは、英国首相に就任した直後のデイヴィッド・キャメロンであった。 40代の若さながら、短い講演の後、ピンマイク一つで演壇から降り、会場からの質問を受け、様々な質問に、メモも見ず、次々と的確に答えていった。 このパフォーマンスによって、キャメロンは、世界のトップリーダー数千名が集まるダボス会議での「デビュー戦」で、聴衆に強い印象を植え付けた。 第2は、一国のリーダーとしてではなく、世界のリーダーとして語る力。ダボス会議やG7などの場では、先進国の国家リーダーは、単に「自国の利益代表」として語るだけでは尊敬されない。これから世界がどこに向かうべきかのビジョンを堂々と語り、その背景にあるべき明確な理念を示すことができなければ、世界のリーダーとしては失格である。 その点で極めて優れていたのは、やはり、ドイツのメルケル首相であった。彼女が基調講演を行うと、必ず満席になり、聴衆から共感と尊敬の念を集めたのは、彼女の見識と信念によるものであった。難民問題についても、世界がどうあるべきかを、ポピュリズムに流されず、信念を持って語る姿は、文字通り「世界のリーダー」にふさわしいものであった。 一方、全く逆の評価を受けたのは、当時のロシア大統領メドベージェフであった。彼は、世界のリーダーとしてのビジョンも理念も示さず、延々と自国の政策の説明とアピールを続けたため、多くの聴衆が席を立って退出していった。 第3は、言葉以外のメッセージ力。コミュニケーションの8割は「ノン・バーバル」、すなわち、言葉以外でのメッセージの伝達と言われるが、優れた国家リーダーは、スピーチの中身だけでなく、スピーチにおける表情や姿勢、仕草や身振りでメッセージを印象的に伝えることができる。 この点では、元米国副大統領のアル・ゴアが秀逸であった。地球温暖化という重要なテーマについて、豊かな表情と身振り・手振り、仕草や雰囲気を使って、ときに聴衆を笑わせ、驚かせ、ときに嘆き、ため息をつき、全身を使って情熱的に熱く語る姿は、いつも、聴衆を惹きつけ、魅了していた。 また、このアル・ゴアとは全く対照的なスタイルであったが、バラク・オバマ米国大統領は、フランスG8ドーヴィル・サミットでは、円卓の傍に静かに立ち、ただ資料をめくる姿を見せるだけで、無言の威厳を見事に演出していた。これも、優れたノンバーバル・メッセージ力である。