地道な粘りと科学捜査で交錯する未解決事件の表皮をむいていく(レビュー)
ご存知ハリー・ボッシュが主役をつとめる、著者三十七番目の長篇の登場である。 題名の『正義の弧』(古沢嘉通訳)はキング牧師の言葉、「道徳的宇宙の弧は長いが、正義に向かって曲がっている」に由来するが、未解決事件班の責任者になり、ボッシュをチームに引き入れたバラードをはじめとする刑事たちの心情に通底するものと言える。 今回ボッシュが扱うのは三十年前の女子高生殺人事件。そして並行して再捜査する未解決一家四人惨殺事件の関係者は、何故かなかなか口を開かない。生き残った者は言う。不条理に殺された被害者たちの上に正義が果されますように。これが被害者家族のたった一つの、そしてささやかな望みである。 無論、マイクル・コナリーのミステリーとしての捻りも冴え、地道な粘りと科学捜査によって、交錯する未解決事件の表皮をむいていく……。 そしてラスト、書きたいけど書けない、言いたいけど言えない。鶴田浩二さながら、ドライバー一本に託されたボッシュの正義は、首の皮一枚でようやくつながる。 班に加わった初日から、ボッシュは新たな証拠を見出し、皆は色めき立つ。 とにかく、娘を殺され哀しい思いをしているあの母親に、この世にも正義の審判が下される事を教えてあげなくてはならない。 コナリーの描く登場人物は、端役に至るまで魅力的だが、本書もラスト近くのバーテンの男は出色の人物造形だ。
ジョセフ・ノックスの『トゥルー・クライム・ストーリー』(池田真紀子訳、新潮文庫)も『正義の弧』同様、様々な仕掛けに満ちたミステリーである。 マンチェスター大学の女子学生ゾーイの失踪から六年が経ち、事件に取り憑かれた作家イヴリンは、作家仲間ノックスの助言を得て、なんとかノンフィクションを完成させる。被害者も作者すらも信用出来ない超弩級のノワールは、どこに行き着く。 六九五頁の大部で、コナリーに肉薄する大作は、まさに考えさせられる不世出のミステリーだ。 [レビュアー]縄田一男(文芸評論家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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