2度の海外放浪、たどり着いた北の大地 インドで学んだ本格カレー提供し30年
面積の9割を森林が占める北海道北部の下川町。牧草地に囲まれた古民家の周辺には、3月もたくさんの雪が残る。机に積まれた20冊ほどのアルバムに収められているのは、旅先で出会った異国の人や動物たち。「ここに住んでカレー屋になるなんて思ってもみなかった」。静岡県出身の栗岩英彦さん(80)が二度にわたる放浪の末、たどり着いた場所だ。(共同通信=石黒真彩) 旧満州(現中国東北部)にいた父の話を聞き、外国への好奇心を強くした。東京農大卒業後、養蜂研究所で働いて資金を蓄え、1974年に横浜港から世界一周の旅へ出た。 旧ソ連時代のナホトカからシベリア鉄道で欧州、中東などを回り、「人間くさく変わった国」と気に入ったインドに約半年間滞在した。食堂を営む青年にギターを教え、代わりにカレーの作り方を習った。 89年に出発した二度目の放浪でポルトガルに滞在中、ふと「これ以上続けることに意味があるのかな」と思った。行く先々で、根を下ろして生活を営む人々と交流したことが、定住への憧れを誘ったのかもしれない。
釣りで訪れたことがあり、豊かな自然を気に入った下川町に居を構えた。カレーを振る舞っていた友人らの勧めもあり、95年に「レストラン・モレーナ」を開業。「中心部から外れているし、あまり客は来ないだろう」と踏んでいたが、地元紙で報道され、連日客足が絶えなかった。 2010年、穏やかな暮らしに突然の終止符が打たれた。脳梗塞で倒れ、退院後には共に旅をした妻の文子さんががんで亡くなった。店を閉めて酒をあおり、音楽を聞いて過ごす日々。半年後、庭の伸び切った雑草を見て思った。「落ち込んでいる私を見たら、妻が悲しむだろう」。再び店に立つことを決めた。 まひが残り、コーヒーやカレーを落としてしまうこともあったが、1人で切り盛りできるまでに回復。現在提供する食事は本格的な北インドのカレーが2種類。タマネギとひき肉を煮込み、真ん中にヨーグルトを落としたさらさらのカレーは、口にするとスパイスの香りがじんわりと広がる。
店にはよく、話を聞きつけた旅人が訪ねてくる。「今でも旅に出たいという気持ちになるが、体力が許さない。迎える側になっているけど、そんな自分も自然と受け入れられているな」