「人生って残酷な気もしますね」杏が映画「かくしごと」のために“内緒を抱えた”2週間
どんどん子供に戻っていく父親と対峙する
――タトゥーシール!? そう(笑)。海と太陽みたいなデザインだったんですけど、自分だけの海の思い出をずっと持っているという気持ちで。まぁ、何かに生かされたということは全くないんですけどね(笑)。 ――関根監督からは、「誰かになる、演じるのではなく、セリフが言いづらければ変えてもいいから、自分の生の言葉を大事にしてほしい」と言われたそうですね。 ニュアンスが合っていれば、多少てにをはなどが違っても構わないから自分の感情を出してほしい、と。そのことも含め、関根監督は自然体というものを重視してくださる方でした。少年役の中須翔真くんのシーンでは、フレッシュな画を撮りたいから、あんまりテイクを重ねず、まず翔真くんの表情から撮りましょうとか。 また、千紗子がすごく感情を高めて涙を流すシーンで、私自身の復旧がちょっと大変になりそうな場合は、テストというよりぶっつけで本番の回数を重ねるとか、カメラの前での自然な表情をとにかく大事に撮影されていたのが印象的でした。 ――千紗子は、長く絶縁状態にありながら認知症となった父親の孝蔵を介護することになるわけですが、二人の関係もまた重く切ないものでしたね。 そうですね。威厳ある父親に抑圧されていた千紗子が、今度はどんどん子供に戻っていく父親と対峙しなければならない。自分が知っている父親の像がどんどん崩れていく悲しさや戸惑いというものは本当に大きなものだと思いますし、しかもこの先まだまだ続いていくわけですよね。 もしかしたら自分も現実に直面するかもしれないことだし、これからの社会が抱えていく大きな課題なのだろうと思います。
人生って残酷な気もしますね
――日常では会話もままならない孝蔵が、ある夜、長年抱えていた本心を言葉にし、慟哭する場面が圧巻でした。 父親から優しい言葉をかけてもらったことなどないと千紗子は思い続けてきたんです。でも、子どもはそう感じていたとしても、親の思いはまた違うっていうこともすごくあるだろうなって、自分も親になってみて思います。 それにいつ気付くかは人によって違うけれど、千紗子の場合は父親が認知症になって初めてそれに気付いたし、父親もそういう状態にならなければ口にできなかったかもしれない。そう考えると、人生って残酷な気もしますね。 ――孝蔵役の奥田瑛二さんとは初共演でしたね。 そうですね。奥田さんは、現場でもずっとあのキャラクターを抜かない状態でキープされていたんです。その没入ぶりが本当にすごかったですし、そのおかげで私も孝蔵の印象のまま、現場でいることができました。 ――一方、中須翔真くんとの共演はいかがでしたか? 翔真くんは年齢的にも子役というより、ちゃんと自分で演技プランを持って演じている役者の一人でした。周りから見たらしっかり演技できているのに「うまくできない」って言って悔しがったりして、私がケアしてあげなきゃって思うような存在では全然なかったです。本当にしっかりしていて、奥田さんと翔真くんと私の三本柱で進めていくことができた映画でした。 ――川釣りなどの牧歌的な場面もあり、重いテーマの中で救いになりました。杏さんも「現代のおとぎ話みたいだと思った」と語っていますね。 想像でしかありませんが、千紗子は本当におとぎ話というかおままごとみたいな時間を過ごしたんだと思うんです。学校の手続きとか煩雑なことは一つもなく、社会から隔絶され、なんというか楽しいところだけを味わっているような日々だったんじゃないかと。 もちろんそんな暮らしが永遠に続くはずはなく、だからこそのはかなさとか虚しさが常に漂う。長い長い前と後ろのストーリーがある中の、ひと夏の夢みたいな、そんなお話なのかなって思いました。