トランプ当選のカギを握った…「男性中心主義者」たちのコミュニティ「マノスフィア」のすさまじい影響力
マノスフィアとはなにか?
Manosphere(マノスフィア)を直訳すると「男の世界、男の文化圏」ということになる。 マノスフィアは男性を中心としたオンライン・コミュニティのネットワークで、そこで議論されるのは、男らしさ、デートや恋愛、自己啓発、肉体的な改善のためのエクササイズ、格闘技を中心としたスポーツなどについてだ。 これだけなら趣味や恋愛のためのスキル磨きのコミュニティだが、注目すべきは、フェミニズムへの批判やジェンダーに関する文化的議論なども盛んである点だ。とくに過激化したフェミニズム批判などが見受けられることもあり、そういう意味で、マノスフィアは男性至上主義的、場合によっては女性蔑視的なコミュニティと解釈されることも多い。また、マノスフィアのなかには、白人至上主義者やインセルのコミュニティも存在している点も注目に値する。 マノスフィアのコミュニティはブログやYouTubeなどのSNSを中心に形成されてきたが、ここ数年のポッドキャストの人気急上昇とともに、さらにパワーアップした。同時に、イーロン・マスクなどの新世代のテック・ビリオネアたちが、男性性の復権を謳う動きとも強く関わっている。 つまり、政治家などが若い男性にアクセス、あるいはアピールしようと思ったら、こうしたマノスフィア周辺のポッドキャストは最高のターゲットだ。しかし前述したように女性蔑視的であると見られていたこともあり、これまで政治家が積極的に登場することはなかった。 そんな中、トランプ氏がこうしたポッドキャストに目をつけたのは、息子でZ世代の大学生バロン君のアドバイスによるものだという。それが実際に、若い男性に対して大きな影響力を持ったのではないかとされているのだ。
マノスフィアコミュニティが熱烈に支持する配信者
トランプがゲスト出演したポッドキャストの中から2つを選んで、その違いと共通点をまずは見ていこう。そこから、マノスフィアの若い男性にトランプが支持される理由を考えてみたい。 ジョー・ローガンの「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」は、名実ともに、世界のポッドキャストの頂点に立っている。スポティファイのフォロワー数は1450万人で、2位のTed Talks Dailyの500万人の3倍近い。マルチプラットフォーム展開……つまりさまざまなサービスに同時にコンテンツを提供しており、YouTubeの登録者は1850万人に達する。リスナーの8割が男性で18~34歳が中心だ。 毎回多彩なゲストを迎え、話題も多岐に渡る。総合格闘技(MMA)、フィットネス、ヘルスから、心理学、宇宙開発、生物学など知的で科学的な議論や、政治評論、陰謀論に至るまで。既存のメディアにはないバラエティ溢れる視点を提供し、若年層だけでなく年長リスナーにも支持されている。 イーロン・マスク、カニエ・ウエストなどの著名人、エドワード・スノードンなど既存のメディアではまず呼べないようなゲストも登場する。政治家ではトランプの他、JFKジュニア、バーニー・サンダースらが登場している。 ジョー・ローガンのポッドキャストは決してマノスフィア的な話題に特化しているわけではないが、本人が熱烈な格闘技ファンであり、フィットネスを通じた自己改善など、男らしさをアピールするような内容が目立つ。出演ゲストもほとんどが男性で、マノスフィアで影響力を持つ人物も多く、伝統的な男らしさを賞賛するメッセージを出している。 では、もう一つのネット配信者、エイディン・ロスのほうはどうだろうか。彼のYouTube「エイディン・ライブ」の登録者は400万人超で、ジョー・ローガンに比べるとずっと少ないが、彼の強みはより若いZ世代からの支持だ。 53歳のローガンに比べると23歳と若く、ゲームを中心としたネット・カルチャーの話題を中心に展開する。ジェイク・ポールなどマノスフィアの超人気インフルエンサー、TikTokスター、ラッパーなどのゲストが多いのも人気の要因だ。オーディエンスは13歳~23歳で、男性率は85%とさらに上がる。 そしてエイディン・ロスはもっとずっとマノスフィアに近い立ち位置にいる。 彼はインフルエンサーのアンドリュー・テイトを繰り返しゲストに迎えている。テイトは「アルファ男性(自信に満ちたカリスマ性のあるリーダー格の男性)」を称賛し、女性蔑視的な発言を繰り返す、典型的なマノスフィアの論客である。過激な投稿でSNSから追放されたり、性的人身売買の容疑もかけられたりしている存在だ。 エイディン・ロス自身についても論争が絶えない。白人至上主義者を自認するゲストを迎えて炎上したこともある。また、ストリーミングの本拠地だったTwitchから永久追放されている。理由はライブストリーミング中のチャットで、人種差別的なヘイト・メッセージを野放しにしたこと。その後こうした縛りのない別のプラットフォーム、Kickに移って活動を続けているが、この出来事でむしろ人気が上昇した。 「言論の自由を行使してどこが悪い」という、マッチョな姿勢はイーロン・マスクとも共通している。 こうしたポッドキャストが若い男性にアピールする理由を、【つづき】「アメリカで「男性中心主義者たちの配信」が、若者世代に大人気になっている…その「意外な理由」」の記事で、もう少し深掘りしてみたい。
シェリー めぐみ(ジャーナリスト・Z世代評論家)