この冬に読みたい小説5冊 Wedge編集部セレクション
今月は、旬の小説をセレクトしました。さまざまな疑似体験、シミュレーションができるのが小説の醍醐味です。
なぜ列に並ぶのか?
なぜ自分は、この列に並んでいるのか? その先に何があるかも分からない。そして最後尾も見えない。でも、列から抜けるわけにはいかない。そのため、前後に並ぶ人との間には緊張感が漂う。この展開で思い出されたのは、安部公房の『壁』だった。読者としては、物語から何か意味を読み取ろうとするが、それが正しいのかどうか分からない。しかし、そこに解はなく、自らが置かれた状況によって変わるのかもしれない。何度でも読み返すべき小説だと思う。
沸騰する地球
昨年、国連のグテーレス事務総長が「地球沸騰化の時代が到来した」と、述べたことが話題になった。まさにその行き着く先を描いたのが本書だ。2025年に未曽有の熱波に襲われ、その結果、2000万人もの人が犠牲になった。このような問題に対処するための「未来省」が設けられた直後のことだ。SFだけれども、これから実際に、われわれが直面するかもしれない問題。その試行錯誤は、まさに未来予測そのものだ。温暖化問題を自分事として考えるのに役立つ一冊だ。
「茶の湯」の世界
著者はイタリア人で、『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で知られるヤマザキマリ氏の夫だ。主人公は、イエズス会宣教師ヴァリニャーノと、東方貿易商人のアルヴィーゼ。旧知の二人は、1579年(天正7年)、織田信長が台頭した日本の地に降り立つ。ヴァリニャーノは、それまでの報告と違い、日本での布教がいかに困難であるかを知って愕然とする。一方で、アルヴィーゼは、日本の社会に溶け込んでいく。そこで出会うのが、「茶の湯」だ。小説中の彼らと同様に、この世界を知らなければ、新しい発見の連続だ。600ページにおよぶ大著だが、それを感じさせない歴史小説。
エンタメ小説
奴隷農場から自由を求めて逃走する少女を描いた『地下鉄道』(早川書房)、少年院で虐待されるアフリカ系米国人少年を描いた『ニッケル・ボーイズ』(同)で2度のピュリツァー賞を受賞した著者。本作は「エンタメ小説」と銘打たれている。舞台は1950~60年代のニューヨーク・ハーレム。家具店を営むレイ・カーニー。真っ当に商売をしたいが、いとこのフレディをはじめ、そうはさせてくれない連中に巻き込まれていく。当時のアフリカ系米国人社会の一端を知れる。
さまざまな愛の形
不注意で子どもを殺めてしまい、その遺体を愛そうとする母親。愛する人を幸せにするため、手にかけた女性。そして種馬と肌馬以外の存在へと目線を広げる三世代の会話。本書は、さまざまな愛の形を描く短編集だ。著者が「文学には差別される側、する側、両方を描く義務がある」と語るように、中立的な表現を用いるポリティカル・コレクトネスは、文学と両立することが難しい。本書で描かれた愛の形は、良い・悪いで区切ることができない、多層的なものである。
WEDGE編集部