戦後の荒廃した日本を「食」から応援した女性。料理研究家の100年をめぐる、美味しいミステリ小説(レビュー)
終戦後、荒廃から立ち直る日本において、「食」から家庭を応援する女性がいた。料理研究家である彼女は、様々なレシピを発表し、日本中の女性から支持を集める。そんな「伝説の料理研究家」が、昭和、平成、令和と現代まで歩んできた道を、社会的背景と作られた料理を絡めて描く、連作ミステリーが刊行された。 「小説推理」2023年12月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『100年のレシピ』の読みどころをご紹介する。 ***
■大学生の理央と、高名な料理研究家・大河弘子の曾孫の翔吾。弘子の人生を調べ始めた二人は、一世紀を生きた彼女の姿と、不思議な謎を知るのだった。
人気作「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズで知られる友井羊が、料理を題材にした、新たな連作ミステリーを上梓した。それが本書である。 収録されているのは5作。第1話は、味覚は鋭いが料理オンチの磐鹿理央が、手料理に失敗して恋人に振られる場面から始まる。一念発起して、高名な料理研究家の大河弘子が作った料理学校に通い出した理央。弘子の曾孫で料理センス抜群の翔吾と知り合い、美味しい店を紹介し合う“食べ友”になった。 だが2020年5月になり、コロナによる緊急事態宣言が発令される。母親が両親の面倒を見るため福岡に行ったので、理央は実家に帰り、家事を一手に引き受ける。とはいえ手際が悪く、精神的に追い詰められていく。大学で専攻している近現代史のメインの研究テーマも決まらない。そんなとき、キッチンにある菓子や砂糖など、すべての甘味が一夜にして消え、朝起きると元に戻っているという、不思議な事態に遭遇するのだった。 物語の開始時点で、1920年生まれの大河弘子は、まだ存命中だ。それどころか翔吾の協力を得てオンラインで理央と話をし、不思議な謎を解決するのである。その、料理研究家ならではの推理が読みどころだ。 ただし第1話は、プロローグである。その後しばらくして弘子は大往生を遂げる。そして弘子の人生を通じて戦後日本の家庭料理の歴史を卒業論文としてまとめようと思い立った理央は、翔吾と共に、彼女の関係者に話を聞いていくのだった。 ここで注目すべきは、1話ごとに、物語の時間軸が過去へと遡っていくことだろう。バブル崩壊後の2004年、バブル黎明期の1985年、高度経済成長期の1965年、戦後の1947年。作者はそれぞれの時代相を織り込みながら、不思議な日常の謎を提示していく。第1話で匂わされた、理央の祖母と弘子の関係も、意外な形で判明する。よくできたミステリーだ。 それと同時に、弘子の人生が浮かび上がってくる。特に、戦後の混乱が残る1947年を舞台にした最終話に胸打たれた。行方不明になった親友を捜す弘子の行動の顛末を通じて、家庭料理に込められた彼女の想いが露わになるのだ。日常の謎を扱いながら、ストーリーは重厚。それは弘子という女性の一世紀にわたる人生が、鮮やかに表現されているからなのである。 [レビュアー]細谷正充(文芸評論家) 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。 協力:双葉社 小説推理 Book Bang編集部 新潮社
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