「最後の夏に孝行球児になろう」 年中夢球さんのメッセージ
今年も暑い夏がやってくる。全国の高校球児たちが、憧れの聖地・甲子園を目指して地区大会に挑む夏だ。そんな球児たちにエールを送る「高校球児が孝行球児になる日」(日本写真企画)が出版された。著者は「野球講演家」の年中夢球さん(55)。少年野球などの指導歴は20年以上で、SNSでの発信はもちろん、全国各地の野球チームを訪れ、ノックや講演などを続けている。高校1年の春から3年の夏まで、春夏秋冬それぞれの時期の過ごし方や心の持ちようについて球児たちにアドバイスしている。球児の親にも響きそうだ。 高3の球児にとって「最後の夏」は何物にも代えがたい。この夏に照準を定めて厳しい練習を乗り越えてきた。野球人生の総決算であり、ここで選手生活を終える球児も少なくない。しかし2020年の夏、新型コロナウイルス禍により、この「宝物」が奪われてしまう。夏の甲子園大会の開催が見送られ、各都道府県では代替案として独自大会が開かれた。翌21年夏の大会は実現したものの、コロナ感染の影響で出場辞退を余儀なくされたチームが相次いだ。無慈悲な現実をつきつけられた選手たちの悔しさは、いかばかりだっただろうか。 年中夢球さんは「上手、下手ではなく、野球が大好きで一生懸命にやることが何より大事」と指導してきた。選手たちはケガや故障に悩んだだろうし、同級生や後輩とのレギュラー争いに敗れることもあったかもしれない。野球をやめていった仲間も少なくないはずだ。そんな厳しさを乗り越え、高3まで野球を続けてきたこと自体が奇跡だと、年中夢球さんは語る。 ただ、「特別」なのは球児だけではない。そばで見守り応援してきた親たちにも「最後の夏」は大きな節目だ。年中夢球さんの次男は20年の夏、高3だった。代替大会は開催されたものの、無観客が決まったため、親のスタンド観戦がかなわなかった。親は球児のために早朝に起床して弁当を作り、ケガや故障を心配し、時に親子げんかもした。だから最後はスタンドで応援して心の区切りをつけたい――。そんな機会が失われた。年中夢球さんは次男の試合を見られず、スマートフォンの画面で速報を追い続けるしかなかった。 本書には、そんな「球児の父」としての体験や本音も込められている。 昨夏の「第105回全国高校野球選手権記念大会」では、「エンジョイベースボール」を掲げた慶応(神奈川)が107年ぶりの優勝を果たした。本書の最後には、年中夢球さんと慶応の森林貴彦監督との対談が収録されている。そこで森林監督はこんなメッセージを寄せている。 <高校3年間の野球人生は自分が思っている以上に自分の成長に繋(つな)がっているものです。それを誇りにしてほしいし、いま感じられなくても大人になったらきっとあの3年があってよかったと思えます。高校野球を最後までやりきってください> 今夏も「孝行球児」たちの姿を目に焼き付けたい。【江畑佳明】