「姦」という漢字はどう読むのが正しいのか…「平安時代の辞書」に記されていた"すさまじい読み方"
■日本語における漢字の「ひとり歩き」 「訓読みはひとり歩きするんです」 そう言って、小駒さんは『新潮日本語漢字辞典』(前出 以下同)を開き、パラパラとめくって「美」を指差した。 「『美』は『うつくしい』と訓読みします。すると『美』という漢字が『うつくしい』ものとして展開していくんです」 うつくしいものを「美」と呼ぶのではなく、「美」という字自体がうつくしいものになり、「ひとり歩き」するのだという。同書の解説は中国の四書五経ではなく、明治以降の近代文学作品をもとにしており、漢字の「ひとり歩き」の足跡を辿っている。漢字の「意味」とは、その方向性のことなのだ。「美」の場合でも「人の顔かたちや姿がすぐれている」という意味では、「美の女神・美麗・美人・美形・美女・美男・美少女・美男子・美髥(びぜん)・優美・脚線美・健康美・美醜」などの熟語として展開していく。「物の色や形がすぐれている」という意味では「美観・美本・美術・美学・耽美・美しい風景・美しい彫刻」。そして「言葉や音楽が人をうっとりさせる」では「美声・美音・美文・美辞麗句・美しい響き」、さらに「行動や性質が立派である」では「美風・美俗・美挙・美徳・美談・済美(せいび)・美しい友情」、加えて「有終の美」や「褒美」「甘美」……。「美穀(みよし)」「美作(みまさか)」「美袋(みなぎ)」などの地名や、「美人局(つつもたせ)」などの熟字訓。「美事(みごと)」「美味(うま)い」「美味(おい)しい」などの当て字も収録している。こうして通読すると、日本語における漢字の「ひとり歩き」を実感できる。この歩きぶりこそが日本語なのだろうか。 ---------- 髙橋 秀実(たかはし・ひでみね) ノンフィクション作家 1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社を経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『からくり民主主義』『趣味は何ですか?』『不明解日本語辞典』『悩む人』『道徳教室』『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』など多数。 ----------
ノンフィクション作家 髙橋 秀実