「出来が悪い時も…」眠っていた巨人・スカマッカはなぜ覚醒したのか。変化のきっかけとは?【コラム】
今季ウェストハムからアタランタに移籍し母国復帰を果たしたイタリア代表FWジャンルカ・スカマッカが好調だ。3月6日以降、公式戦10試合で8ゴールを奪っており、UEFAヨーロッパリーグ(EL)でのリバプール撃破などに大きく貢献している。前半戦、なかなか調子が出なかった巨人は、なぜここにきて覚醒したのか。(文:佐藤徳和)
●ついに目覚めた巨人 覚醒。眠っていた“巨人”、アタランタのジャンルカ・スカマッカが、ついに目を覚ました。この男の人物史があるならば、3月6日が大きな分岐点になったと記載しなければならない。この日を堺に、まるで生まれ変わったようなパフォーマンスを見せているからだ。3月6日以前、今季の公式戦27試合の出場で、7ゴール。それが、一変して3月6日以降は、10試合で8ゴールと、センセーショナルな活躍を披露している。 3月6日、UEFAヨーロッパリーグ(EL)決勝トーナメント・ラウンド16第1戦のスポルティングCP戦が行われた。このポルトガルの強豪とは、グループステージでも対戦し、第2戦ですでに1ゴールを挙げていた。今季3度目となった一戦、0-1で迎えた38分に同点弾をマーク。アレクセイ・ミランチュクからのショートパスを受けると、キックフェイントで相手をかわし、グラウンダーのシュートを決めた。そして、3月14日の2ndレグでも躍動。1-1の58分、ここでもミランチュクの折り返しをダイレクトで流し込み、これがベスト8進出を決める決勝点となった。スカマッカは、プリメイラ・リーガで首位を走る相手から4試合で3ゴール。ポルトガルの名門を相手に強烈なインパクトを残した。 そして、誰もがリバプールの勝ち抜けを予想したEL準々決勝。世界有数のクラブの前にも1m95cmの巨漢FWが立ちはだかった。第1戦の37分、ダビデ・ザッパコスタのクロスに合わせて先制点を奪うと、59分にはシャルル・デ・ケテラーレからの浮き球のクロスをフリーでシュート。これもネットに突き刺さり、アンフィールドのサポーターを沈黙させた。さらに、マリオ・パシャリッチのダメ押しとなる3点目の起点にもなり、獅子奮迅の働きで、今季のリバプールにホームで初めて黒星をつけた。 イタリアメディアの『ガッゼッタ・デッロ・スポルト』も、スカマッカのプレーに10点満点中9の異例の高い採点をつけ、「恐らく彼の若いキャリアで最高の試合だった。ボックス内での存在感、揺るぎない技術と冷静さで2ゴールし、3点目もお膳立て。これまでになかったチームプレーを見せた」と絶賛した。本拠地での第2戦は0-1と敗れたが、トータルスコア3-1で逃げ切りに成功。プレミアリーグの雄を相手にも、怯むことなく戦い、クラブ史上初となるELベスト4進出の原動力となった。 セリエAでも安定したパフォーマンスで、3ゴール。ナポリ、カリアリ、ベローナから、それぞれ1得点を挙げ、さらにフィオレンティーナとのコッパ・イタリア準決勝第2戦で、ハーフボレーのスーパーゴールを決めて、公式戦10試合で8ゴールと抜群の決定力を発揮している。 目覚めたスカマッカに一体何があったのか。 ●スカマッカが変わったきっかけは? 以前と同じように、1トップでプレーすることもあれば、2トップの一角として起用されることは変わらないが、とにかく、バイタルエリアからのシュートが冴え渡り、シュートと見せかけてのスルーパスやフリックも効果的だ。戦術的には大きな変化はなく、心理的な要因が影響していると考えられる。 アタランタを率いるジャン・ピエロ・ガスペリーニが、2月25日のミラン、同28日のインテルとの上位対決を控えていた直前に、調子の上がらないスカマッカに不満を示していた。1月27日のセリエA第22節、ウディネーゼ戦を最後に得点がないFWに対し、「態度は良いし、前向きで、良い働きもする」と評価した上で、「唯一の問題は、すでに偉大なスーパースターとみなされていることだ。それはあり得ない。そうなるためには、ハードワークしなければならない。素晴らしい試合をするときもあるが、出来が悪いときもある」と言及。ウェストハムから、500万ユーロ(約7億円)のボーナスがつく2500万ユーロ(約35億円)で獲得しながらも、このときまでリーグ戦で6ゴールと物足りない結果のスカマッカに、奮起を促した。 ミラン戦は、ベンチから24分間の出場で得点はなし。インテル戦は、ベンチで0-4の完敗を見届け、出番はなかった。さらに、3月16日、アメリカで開催されたベネズエラとエクアドルとのテストマッチ2連戦に向けたイタリア代表メンバーに名を連ねられなかった。スカマッカは、代表Aマッチで15試合に出場しているが、1ゴールのみ。13試合目の代表戦だった昨年10月17日に開催されたユーロ2024予選のイングランド戦で挙げた1ゴールが、唯一の得点だ。 ルチアーノ・スパッレッティ監督が、スカマッカに代わって招集したのは、ウディネーゼのロレンツォ・ルッカ。ポゼッションが低く、決定機が乏しいチームの中で、2m1cmの長身FWは、それまでの今季のセリエAで7得点とスカマッカを上回る得点をマーク。“巨人枠”には、スカマッカではなく、ルッカが選ばれる形となった。多くのイタリアメディアは、スカマッカの招集外を驚きを持って伝えたが、スパレッティにとって、スカマッカがプロジェクトの中心ではないことが明るみに出た形となった。 しかし、これがスカマッカにとって結果として、“ショック療法”となった。 ●「サッカーのおかげで道を…」 1999年1月1日生まれのジャンルカは、ローマの中心街から北に約10キロの町、フィデーネの生まれだ。「自分にとっては母と姉だけが家族」と本人が語るように、幼い頃に両親は離婚し、恵まれた家庭環境ではなかった。 家庭だけでなく、生まれ故郷も生活するには難しい町だった。「フィデーネで育つことは簡単なことではない。ある日突然、水が出なくなり、電気も消える」と続ける。つい、2年前には、共同住宅の理事会での諍いから、4人の女性が殺害される残忍な事件があり、最近も薬物と銃の不法所持により、5人が逮捕される事件が起きている。「サッカーのおかげで道を外れることはなかった」とサッカーとの出会いに感謝を示す。 治安の悪さばかりが目立つ町ではあるが、インテルに所属する同い年のダビデ・フラッテージもこの町の生まれだ。6歳からラツィオの下部組織でプレーし、スカマッカも10歳からこの水色のクラブでプレーしている。スカマッカは当時を振り返り「ユーベ戦だったかな。2人でボールボーイをしていて、いきなり、ダビデが俺の近くで立ち上がって、こっちを指さし『こいつはロマニスタ!』って歌うんだ。こっちは固まったけど、ジェスチャーで否定して、『フォルツァ(がんばれ)・ラツィオ!』と叫んだよ」と話す。幼少期から無二の友人であった。 ●FW不足のイタリア代表にとっては希望に 2人は、ローマの下部組織に移り、サッスオーロでも再会を果たす。スカマッカは、少し遠回りをし、オランダ経由だった。PSVの下部組織、ヨングPSVへ16歳で移籍。ここで重要な人物と会うこととなる。オランダ、イングランド、スペインの3つのリーグで得点王を経験し、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)でも3度得点王に輝いた元オランダ代表のルート・ファン・ニステルローイだ。「ペナルティエリア外でプレーすると、ブチ切れてね。敵陣深く切れ込み、ペナルティエリア内にとどまるように指示を受けたよ。本人の現役時代やラダメル・ファルカオの映像をよく観させられた」。当時、下部組織の育成責任者を務めていたレジェンドからストライカーとしての「イロハ」を学んだ。 スカマッカは、2017年1月にサッスオーロに加入し、10月19日のナポリ戦でセリエAデビューを実現する。18歳だった。翌年の1月まで、3試合に出場するが、得点はなく、セリエBのクレモネーゼに貸し出され、4月14日のパレルモ戦で初ゴールをマーク。しかし、ブレイクとはならなかった。それから、オランダのズヴォレを経て、ロベルト・デ・ゼルビが指揮していたサッスオーロに復帰するものの、出場機会は得られなかった。 こうして再び、セリエBのアスコリ、セリエAのジェノアでのレンタル生活を送り、サッスオーロに復帰した21/22シーズンに16ゴールをマークして、ついにブレイク。イタリア国外にも名が知れ渡り、2022年7月、ウェストハムに600万ユーロ(約8.4億円)のボーナスがつく3600万ユーロ(約50.4億円)で移籍を果たした。周囲やファンからの期待は大きかったが、プレミアリーグでは16試合の出場で3得点と不本意な結果に。本人が「サッカー界のNBA」と語るプレミアリーグでの挑戦は、こうして1年で閉幕。しかし、「半月板を傷めながら、1年プレーしていた。突然、プレーすることはできなくなり、それで手術を受けた」と、怪我が不調の要因だったと強調するが、怪我をしていたことを差し引いても、物足りない結果であったことは否めない。 アタランタに加入した今季も3月まではゴールは散発的で、ガスペリーニの前述の言葉のように安定しなかった。これが、3月6日のスポルティングCP戦からゴールを量産。自らのゴールで、これまでの不評を払拭し、ガスペリーニの苦言、代表に招集されなかった悔しさをモチベーションとし、燻っていた男は劇的に変貌した。これからUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権争いで、セリエAの佳境を迎える。ユーベとのコッパ・イタリア決勝は、累積警告のため、出場できないが、クラブ史上初のEL準決勝の2試合が控える。そして、6月にはユーロ2024が待ち受ける。過去に前例がないほどストライカー不在に陥っているイタリア代表にとって、スカマッカの覚醒は、朗報だ。アタランタで今の好調を維持し、アッズーリの救世主となれるか、真価が問われるシーズンのラストだ。 (文:佐藤徳和)
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