強盗殺人を犯した少年と匿った少女の逃亡生活が切ない 映画「夜の人々」「ボウイ&キーチ」の原作(レビュー)
1930年代のアメリカ中西部を舞台に、強盗殺人を犯した少年と匿った少女の逃避行を描いたノワール小説『夜の人々』(新潮社)が刊行された。 10紙以上の新聞社に勤め、プロボクサーとして活動したこともあるというエドワード・アンダースンが執筆した本作は、1948年にニコラス・レイ監督が映画し、1974年にロバート・アルトマン監督によってリメイクされた一冊だ。 レイモンド・チャンドラーに激賞された名作の読みどころとは? 評論家の川本三郎さんが語る。
川本三郎・評「大恐慌時代の追いつめられた青春」
1930年代のアメリカでは、銀行を襲う犯罪者たちが悪のヒーローとして大衆のあいだで名を馳せた。 アーサー・ペン監督の「俺たちに明日はない」(1967年)で描かれたボニー・パーカーとクライド・バロー、ジョン・ミリアス監督、ウォーレン・オーツ主演の「デリンジャー」(1973年)のジョン・デリンジャー、その仲間のレスター・ギリス、あるいは機関銃を撃ちまくったジョージ・“マシンガン”・ケリーとその妻キャスリン、恐るべき子供(アンファン・テリブル)と呼ばれたチャールズ・“プリティ・ボーイ”・フロイド、あるいはまた息子たちが犯行を重ね、その首謀者とも目されたアリゾナ・クラーク・“マ”・バーカー。 挙げていけば切りがないが、いずれも実在したアウトローである。1930年代はアメリカの大恐慌時代。彼らの多くは疲弊した中西部のプアホワイト。「俺たちに明日はない」のなかに銀行に土地、家屋を取られた貧しい農民がボニーとクライドに共感する場面があるが、貧しい農民たちにとってはアウトローたちは、貧乏人から金を奪う銀行(主として東部資本)を襲うのだから一種の義賊だった。 西部開拓時代、鉄道会社に土地を取られた農民たちが、ジェシー・ジェイムズやブッチ・キャシディとサンダンス・キッド、ビリー・ザ・キッドたちアウトローをヒーローとしたのも、彼らが東部資本の銀行や鉄道会社を襲ったからだった。それと似たアウトロー賛歌である。 エドワード・アンダースンの『夜の人々』はこの1930年代、アメリカ中西部で銀行などを襲った若いボウイとその恋人キーチーの逃避行を描いたノワール小説。 二人は実在の人間ではなく、アンダースンが犯罪者たちを取材して作り上げた架空の人物だが、現実にいたとしてもおかしくないようにリアルに描かれている。 発表された1937年といえば現実のアウトローたちの記憶が新しかった時であり、映画史に残る犯罪映画、フリッツ・ラング監督の「暗黒街の弾痕」が公開された年である。ヘンリイ・フォンダとシルヴィア・シドニーが警察に追われる若者を演じたが、この二人は同時代のボニーとクライドをモデルにしていた。 『夜の人々』も同様に若い二人が警察から逃げ続ける物語。アンダースンは、実在したボニーとクライドを意識したのではないか。 ボウイは貧しい家の生まれ。十八歳の時に強盗目的で、ある商店に押入り店主を殺害してしまった。死刑の判決を受けたが、若かったためだろう、終身刑に減刑となった。 ボウイは、オクラホマ州の州立刑務所から二人の年上の囚人仲間と脱獄に成功する。そして匿ってくれた仲間の従兄の家にいるキーチーという少女と知り合い、愛し合うようになる。 キーチーもまたボウイと同様、貧しい家の娘。先住民の血が入っているようだ。田舎暮しでそれまで恋をしたこともない。それがボウイが同じような境遇と知ったこともあって愛し合うようになってゆく。犯罪小説というより青春小説になっている。それも華やかな青春ではなく、あくまでもうらぶれた青春であるのが切ない。 1930年代の疲弊した中西部の風景も的確に描かれている。トウモロコシ畑や綿花畑はどこか埃っぽい。線路脇には「ホーボー」と呼ばれる列車にただ乗りしながら旅を続ける放浪者がいる。野にはオポッサムという有袋類で悪臭の屁を放つ小動物がいる。 それまで家の外の生活など知らなかったキーチーが、ボウイについて逃亡生活を続ける。ボウイはいずれは犯罪から足を洗い、かたぎの暮しを持ちたいと思っていて、逃亡中にキーチーと結婚する。といっても定住する家はないからモーテルやインを渡り歩いてゆく。小さな宿が家として夢見られる。 いずれは国境を越えてメキシコに逃げようとしているのか。ある時、ラジオでメキシコの歌「ラ・ゴロンドリーナ(つばめ)」を聴くところが泣かせる。あのサム・ペキンパーの傑作「ワイルドバンチ」(1969年)の主題歌ともいうべき、“神様、私はもう飛べない”と歌われる悲しい歌だ。 この小説はニコラス・レイ監督、ファーリイ・グレンジャー、キャシー・オドネル主演の「夜の人々」(1948年)、そのリメイクであるロバート・アルトマン監督、キース・キャラダイン、シェリー・デュヴァル主演の「ボウイ&キーチ」(1974年)の原作になる。日本では初訳。原題は“Thieves Like Us”。「銀行のやつらだって俺たちと同じ強盗だ」といった意味だろう。アルトマン監督の「ボウイ&キーチ」の原題もこれだった。 [レビュアー]川本三郎(評論家) 1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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