いよいよ刊行開始! 注目の新シリーズ「地中海世界の歴史」全8巻で、古代文明史の見方が変わる。
歴史ファン注目の新シリーズの刊行が、いよいよ始まった。メソポタミア・エジプトから、ペルシア、ギリシアを経てローマ帝国まで、4000年の文明史を、一人の歴史家の視点で描きつくす「地中海世界の歴史〈全8巻〉」である。講談社選書メチエの創刊30周年を記念する特別企画で、著者は東京大学名誉教授の本村凌二氏。まずは第1巻と第2巻が同時発売された。なぜ今、「地中海世界」なのか。 【写真】全8巻のラインナップは?
これは「ヨーロッパ史」ではない
シリーズタイトルにある地中海――。その風光明媚な景観と、豊かな文化遺産は、世界中の旅行者たちの憧れの対象だ。シリーズ第1巻の冒頭はこのように説き起こされる。 〈地中海は愛される海である。ぶどう色にたとえられる紺碧の海は陽光にきらめき、しばしば穏やかにたゆたっている。目に映るかぎりの果てまで、爽やかな微風がただよっているかのようである。そこにいると気だるい眠りにおちいりそうになる。ともあれ、陸に囲まれた広大な内海であり、その自然のたたずまいがなんとも言い難い風情をなしている。〉(『地中海世界の歴史1 神々のささやく世界』p.12) この地中海の周辺地域に興り、滅んださまざまな文明の世界、すなわち地中海世界の歴史を描いていくのが、このシリーズだ。しかし、ここでいう「地中海世界」とは、単に「地中海に面した沿岸地域」という意味ではない。メソポタミアに始まり、エジプト文明、ペルシア帝国、ギリシア文明を経て、ローマ帝国の成立と崩壊にいたる4000年の歴史世界なのである。 メソポタミアが地中海世界? 奇妙に感じるかもしれない。たしかに、地中海世界といえば、「古代ギリシア・ローマ」というのが、従来のとらえ方だった。しかし――、 〈オリエントと地中海世界の関係について、とりわけオリエント文明のギリシア・ローマ文明におよぼした影響をめぐって、20世紀末以降、しばしば論じられるようになった。広義では、「地中海世界」にオリエントをふくむ議論もありえるのであり、文明史という観点からすれば、むしろ納得できる論点も少なくないのだ。〉(同書p.21) つまり「地中海世界」は、ギリシア・ローマを文化的な祖先と考えるヨーロッパだけでなく、中東・北アフリカの文明の源流でもあるのだ。 〈そこではオリエント文明、ギリシア・ヘレニズム文明、ローマ文明が錯綜して立ち現れ、対立と融合の渦巻く世界を形成していた。すでに古代にあって地中海世界は多種多様な人々が人類史上最初の創作と試行をくりかえした舞台であった。〉(同書p.30) オリエント世界のギリシア・ローマへの影響は、これらの地域が共通する神々を信仰していたことにも見てとれる。 〈たとえば、美と愛の女神は、メソポタミアではイナンナあるいはイシュタルであり、フェニキアのアナト、ギリシアのアフロディテであり、ローマのウェヌス(ヴィーナス)にもなる。すべてが流れ込む「ローマの平和」では、これがエジプト起源のイシス女神と結びつき、やがてキリスト教のマリア信仰にも連なるという。〉(『神々のささやく世界』p.30)