芸歴25周年の講談師・神田京子、「渋沢栄一伝を1万人に伝えるプロジェクト」が終盤/芸能ショナイ業務話
芸歴25周年を迎えた講談師、神田京子さん(47)の「渋沢栄一伝を1万人に伝えるプロジェクト」を紹介します。 同プロジェクトは6月1日に始まり、11月30日までに5821人に届けています。 今年7月に20年ぶりにデザインが刷新された新紙幣の1万円札の〝顔〟になった偉人の講談は、5年ほど前に知人の「講談で取り上げてほしい」がきっかけ。当初は気乗りせず、2020年2月に東京から山口へ移住し、コロナ禍に。時間に余裕ができたことから渋沢栄一著「論語と算盤」を読んだところ「こんなに面白いおじさんがいたんだ」、「若い頃のとんがり具合は私と同じ」などと興味を持ち、他の書籍も熟読。 生誕地の埼玉県深谷市や明治時代に開拓事業を手掛けた北海道十勝清水など縁の地を訪ね、偉人へ心をはせ、言葉に魂を宿らせていった。 「渋沢さんのただ古いものを壊せばよいという考えの改革ではなく、光があれば影がある。世の中はバランス、調和をとることが大切。経済だけでなく道徳的な考えも伴っていないととんでもないことになると、行動の根底には、現代社会に山積となっている問題解決の糸口ともなる考え方が流れている気がしました。そこに感動して、たくさんの方に生の高座でお届けしたいと思いました」。 四半世紀、舞台に立ち続けている講談の魅力を「感動したことを物語に落とし込んで伝えること。はっきりした言葉で世の中のモヤモヤを斬ること」と言う京子さん。 講談との出会いは、日本大学芸術学部放送学科に在学中の1999年7月12日、寄席で当時、89歳だった講談師の二代目神田山陽さんの高座を聞き、そのたたずまいに感動し、その足で楽屋へ。 しかし、持病でリハビリ入院していた山陽さんは病院へ帰ったあと。翌日、稽古で病院へ行く山陽さんの弟子に頼み、対面。驚く山陽さんから「3行で動機を書いてごらん」と言われ、「芸は生き様」とつづり、入門を許可された。名前は「今日、突然きたから」の由来で付けられた。入門から1年3カ月後、山陽さんは他界。山陽さんの弟子、神田陽子さんに師事した。 その後、2014年に真打ち昇進し、「清水次郎長伝」「明治白浪女天一坊」「怪談話」「赤穂義士伝」などを披露しながら、クラシック音楽・オペラと「カルメン」「蝶々夫人」、長唄と「勧進帳」など講談の可能性を広げてきた。