知られざる建築都市、ドイツ・デュッセルドルフの名建築を訪ねて。
1994年、ミュラーは近接するNATOのミサイル基地だった敷地を買い増しし、さらに構想を広げた。彼にとって「ホンブロイヒとは、美術館の建設だけを意味するのではなく、これまで社会で軽視されてきたように思われるあらゆるアイデアや物事を、新しい形で生きていくという試み」を意味していたという。ここは美術館であると同時に、アーティストが住み新しい活動をする場として、常に実験的な場所でありたい。そのため、ア―ティストや他のコレクターにも広く門戸を開いたのだ。 その1つとして誕生したのが、安藤忠雄設計の美術館〈ランゲン財団美術館〉だ。ミュラーに招かれた安藤が彼の計画に触発され発想した建築モデルを、アートコレクターのマリアンヌ・ランゲンが見て、「私がこれまでに購入した中で最大の芸術作品」として建設を決めたという。安藤建築としては珍しくガラスのファサードが印象的な建物の大部分は地中にあるが、静謐な通路を渡り階段を下りて行くと自然光溢れる大空間に出会う。
付近には他にも、ドイツ在住のアーティスト西川勝人やオーストリアの建築家ライムンド・アブラハムらによるパビリオンや建物が多数点在する。2009年にはアルヴァロ・シザによる〈Siza Pavillion〉、2016年にはデュッセルドルフを拠点とするアーティスト、トーマス・シュッテが〈Skulpturenhalle(彫刻ホール)〉をオープンした。
彫刻や水彩、ドローイングなど多彩な作品で知られるシュッテは、建築模型のような作品も数多く発表しており、このホールもそうしたアイデアが元となっている。逆さに広げた傘のような屋根が外壁に内包された柱に乗っているため、内部の空間には一切柱がないというユニークな構造で、これはシュッテがマッチ箱とポテトチップ(!)で作った建築モデルから、ずっと持ち続けていた構想だという。
ちなみに、彼のアトリエ(ヘルツォーク&ド・ムーロン設計)はデュッセルドルフ市内にあるのだが、〈Skulpturelhalle〉には大きな彫刻作品が多い彼の作品の収蔵庫を地下に、そして絵画に比べ作品の発表機会の少ない彫刻家のためのエキシビションスペースを地上階に設けている。 〈Skulpturenhalle〉の周囲の草むらのそこここに、シュッテの彫刻作品が置かれているのも楽しく、敷地全体で壮大な建築の実験をするかのように進化し続けている。 デュッセルドルフではこれからも、楽しみな計画が目白押しだ。市の玄関口とも言える西部には、安藤忠雄の設計による大規模複合施設でハイアットホテルも入る予定の〈Ando-Campus〉が進行中で、またMVRDV設計の集合住宅〈Grüne Mitte〉も注目されている。5年後、10年後にはデュッセルドルフはどんな街に変化しているのか。来る度に新しい発見がありそうだ。
text_Ayako Kamozawa