iPhone16で方針転換、アップルが生産拠点を「インド→中国回帰」させた根深すぎる理由
「サプライヤー一覧表」でわかる、アップルの「新・生産網」
3)地政学的なリスクの回避 米中のデカップリング(分断)が進んでいる中、中国企業はいつ米国政府の制裁対象になるかわからなくなっている。サプライチェーンや製造を中国企業に過度に依存することがリスクになりつつある。 そのため、アップルの製造パートナーであるフォックスコンは2014年にインドに製造拠点を作り、2017年には同じく製造パートナーである「創維」(ウィストロン)、2018年にはフォックスコンも再度インドに製造拠点を作っている。この2社は、中国での生産も行っているが、台湾企業である点がポイントだ。 また、さまざまな部品を製造するサプライヤーも中国企業が多い。これもリスクになり得る。特にインドと中国は政治的な対立があり、インド政府はしばしば中国製品の輸入を停止したり、中国製アプリを使用禁止にすることがある。 このため、部品サプライヤーも脱中国化を図り、ベトナムへの移転を進めている。また、ベトナムに製造拠点があれば、今後経済成長をしてくる東南アジア各国への供給もしやすくなる。 つまり、アップルは、台湾系企業を中心にして、ベトナムで部品生産を行い、それをインドに持ち込んで製造し、中国の比重を徐々に下げていくという計画を進めている。
アップルがここにきて脱中国を「後退」させた3つの理由
では、なぜアップルは脱中国化を後退させたのか。その理由は3つある。 1)熟練工育成の問題 インド進出前から想定されていたことだが、熟練工の育成に想定以上の問題が生じているようだ。一説によると、インドの従業員は給料が支給されると無断欠勤して遊びに行ってしまい、お金がなくなると出勤してくるとも言われる。ウィストロンのナラサプル工場では、2021年に賃金問題から大規模な暴動も発生している(その後、ウィストロンは生産施設をタタグループに売却)。 無断欠勤うんぬんの話は面白おかしく脚色されているとしても、台湾や中国では労働は自分の人生を豊かにする手段だと考えられるのに対して、インドでは労働は対価との等価交換でしかないと考えられている。この文化的な違いにより、「熟練工を目指して真摯(しんし)に学ぶ」姿勢を浸透させることに苦労しているようだ。 2)電力不足の問題 地球温暖化はインドの気候も変えている。首都デリーでは5月29日に52.9度という異常な気温を記録しており、気象局はあまりの暑さにより観測機器が故障した可能性を真面目に調査する事態になっている。熱中症による死亡者も過去例を見ないほど増加しているという。 これにより、普及が始まったエアコンが一斉に稼働し、深刻な電力不足を引き起こしている。さらに降雨量も減少し、工業用水、農業用水、水力発電にも問題が生じている。 こうした背景から地方政府は工場などに対してたびたび電力制限令を出している。生産が止まったり、エアコンの効かない劣悪な環境での作業を強いられた可能性も考えられる。 3)高い返品率 iPhone 15では、全体の7%ほどがインド製となり、インド国内だけでなく、欧州と中国に出荷されたが、いずれの市場でも返品が相次いだ。 品質に問題があったという報告はないが、中国ではびこる「インド製の機器など怖くて使いたくない」という偏見から、多くの中国人がインド製iPhoneを返品した。パッケージ底面に生産地の記述があるため、「Made in India」の表記を見るとハズレだと考えて返品をする人が続出し、中国製が出てくるまで返品を繰り返す“ガチャ購入”をする人までいた。 さらに、「インド製造での合格品率は50%程度か」という未確認情報がメディアで報じられると、インド製iPhoneは品質に問題があるというイメージが広がり、販売にも悪い影響を与えた。 フォックスコンの劉揚偉会長が、メディアからの質問に答える形で、このような報道を否定する事態にまでなった。 「インドでの製造と中国での製造には大きな違いはありません。いろいろ言われていることの多くは事実ではありません。もし、歩留率が50%であったらもっと早くに撤退しています。私たち鴻海が撤退を考えるだけでなく、クライアント(=アップル)からも撤退しろと迫られるでしょう」 (劉揚偉会長の会見を基に筆者翻訳) 生産工場は、本格量産に入る前にテスト生産を繰り返す。ここで、一般的には合格品率が90%や95%になるまで問題の洗い出しを行い、それから正式生産に入るため、このような報道はデマに近いものだったが、返品が相次いだのは事実だ。SNSには「インド製iPhoneを回避する方法」という記事が多数投稿された。 ひと言で言えば、生産体制も消費者の認識も時期尚早だったとしか言いようがない。インドの電力、物流などのインフラも決して理想的な環境になっていない。また、中国の消費者のインド製品に対する偏見が消えるまでにはまだ時間が必要だ。 そこで、アップルは脱中国化を一歩後退させ、インド製iPhoneはインド国内向けに供給する体制に切り替えた。 また、Proシリーズはこれまでインドでは製造されてなく、輸入のみであったため割高になっていたが、2024年内にはインドでのProシリーズ生産を始める予定で、インド国内に供給される。これでインドのProシリーズの価格も下げられるようになる。 しかし、アップルにとって脱中国化は避けて通れない道だ。時期はともかく、インド製iPhoneを国外輸出することに挑戦しなければならない。日本でもインド製iPhoneが販売される日がやってくるかもしれない。
執筆:ITジャーナリスト 牧野 武文