年末年始は“ジビエ料理×長期熟成酒”、全国の神社の御神酒の醸造元として知られる酒造の、肉料理に合う純米酒
文=加藤恭子 撮影=加藤熊三 写真提供=蔵元 藤居本家 ■ 高貴さが漂う黄金色の熟成酒 【写真】藤居本家の麹づくり。滋賀県産の酒造好適米100%を原料米として酒をつくる ただならぬ“気品”を放つ1本だ。 渋く輝くゴールドのラベルに描かれているのは、花札の“猪鹿蝶”ならぬ、“猪鹿鳥”。グラスに注げば、その深みのある黄金色に、だれもが思わずうっとりと見惚れてしまう。立ち上る香りは、クルミやナッツを思わせる複雑な芳しさ。味わえば豊かな酸味が広がり、すっとシャープに切れるがごとく儚くドライ。美しく枯れた表情には、高貴ささえ漂う。 その名のとおり、ジビエ料理に合わせれば野生肉の力強いうまみがぐっと引き立ち、きれいに流してくれる。 「旭日(きょくじつ)」といえば、滋賀県愛荘町の藤居本家のメインブランド。創業は、天保2(1831)年。全国の神社の御神酒の醸造元としても知られ、その年の豊穣を祝う祭祀、「新嘗祭(にいなめさい)」においては、特別な御神酒である白酒(しろき)を全国の神社へ奉献し、宮中へも献上する。 昭和40年代後半、七代目蔵元の藤居鐵也さんは、この熟成酒「旭日『猪鹿鳥 GIBIER』 特別純米熟成酒」をつくり始めた。 「現在、日本酒の熟成酒は希少ですが、じつは江戸時代は何年か寝かせた古酒が珍重されていました。もちろん昔は冷蔵設備などありません。そこで、本来の古酒の味わいを基本とするため、純米酒を常温で熟成することにしました」
■ 純米酒を常温熟成させたら面白い 当時、日本は急激な経済発展を遂げたものの、日本酒市場はまだ戦時中の米不足を補うために登場した三増酒などの全盛期。つまり、本物の純米酒はめったに手に入らなかった。20代前半だった鐵也さんは、そんな時代にあえて“純米酒を常温熟成させたら面白い酒ができるはず”と考えた。 「日本酒は、米の酒です。そのため、アルコールを添加しない純米酒にこだわり、長期熟成に耐えられるようあえて酸をやや強めに出した酒質とし、昔と同じように常温で寝かせることにしました」 しかも、大胆なことにタンク1本、火入れ(殺菌)したものをまるごと熟成! 先代が総ケヤキ造りで建てた土蔵の貯蔵庫で寝かせれば、独自の味わいを出せると確信していた。「これもひとつの親子のコラボレーションです」と、鐵也さんは笑う。 伝統的な日本の土蔵建築の利点をうまく生かしたこの貯蔵庫が、驚くべき熟成香と黄金色をもたらした。夏の暑さをやわらげ、近江の風土をやわらかく伝えながら、唯一無二の熟成酒を育ててくれたのだ。 ■ 地酒造りは、土地の自然とともに ちなみに藤居本家の仕込み水は、鈴鹿山系の山並みを源とする伏流水。ちょうど100年ほど前に降った雨雪が山肌にしみ込み、地下水となったものを、敷地内の井戸から汲み上げているという。その軟水の味わいは、やわらかく、やさしい。 七代目蔵元の藤居鐵也さんはこう話す。 「地酒造りは、土地の自然とともにあるものです。ここ滋賀県は近畿の水がめの琵琶湖をお預かりしておりますので、わたしどもは “環境こだわり米”という、農家の方々が手塩にかけて低農薬低肥料で育てられた滋賀県産の酒造好適米を100%原料米とし、環境負荷の少ない酒造りを心がけています」
加藤 恭子