尹大統領の逮捕状請求、高捜庁が踏み切れない理由は 韓国特有の事情
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(職務停止中)に対する捜査が難航している。高官犯罪捜査庁(高捜庁)は「非常戒厳」の宣布を巡り内乱などの容疑で2度にわたり出頭を要請したが、尹氏はこれを無視。同庁は26日、3度目の出頭要請をした。高捜庁がすぐに逮捕状の請求に踏み切れない背景には、韓国特有の事情がある。 【写真まとめ】過去にも逮捕、有罪相次ぐ… 主な韓国大統領 ◇証拠集め、十分ではなく 「検討すべきことが多く、逮捕状請求はまだ遠い」。高捜庁関係者は25日、ソウル近郊の果川市にある庁舎で毎日新聞などに対し、こう話した。だがネットに速報記事が出ると、関係者は直後に記者を集め、この発言を取り消した。実際に逮捕状請求には課題が山積しており、関係者が漏らしたのは本音とみられる。 一つは、立件のための証拠集めが十分でないとされることだ。現職大統領が逮捕されれば史上初となるだけに、慎重な捜査が求められる。高捜庁と合同捜査本部を組む警察は、大統領府の家宅捜索を試みたが、大統領警護庁に拒否された。軍事上の機密を保有する場所は責任者の許可なしに捜索できないと、刑事訴訟法が定めているからだ。 ◇進まない任命手続き また金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相ら重要な容疑者の多くは、検察が逮捕し取り調べている。聯合ニュースは23日、検察は捜査資料を高捜庁に提供していないと伝えた。 政府から独立して捜査を指揮する「常設特別検察官」も、高捜庁には悩みの種となっている。 国会は10日、常設特別検察官の設置に関する法案を野党の賛成多数で可決した。野党は「大統領が人事権を持つ検察に中立的な捜査は期待できない」と主張している。 問題は、常設特別検察官の任命手続きが進んでいないことだ。 法務省次官や弁護士協会長らで構成される推薦委員会に対し、大統領は候補者を推薦するよう依頼することになっているが、韓悳洙(ハン・ドクス)大統領代行(首相)は26日の時点で行っていない。法的には「遅滞なく」依頼する必要があり、野党は早急な対応を要求している。 高捜庁には大統領を内乱罪で起訴する権限がない。裁判官の経験もある専門家は「高捜庁が仮に今、尹氏を逮捕し、48時間以内に裁判所に勾留請求をして認められても、20日以内に起訴しなければならない。常設特別検察官の任命が遅れれば、検察が起訴することになる」と解説する。 この場合、国会で過半数を占める野党が強く要求する、常設特別検察官による捜査・起訴が実現しなくなる。高捜庁としては、常設特別検察官の任命に見通しがつかない限り、逮捕状請求の手続きは進めづらい。元検事総長で法を熟知する尹氏も、こうした事情を理解しているとみられる。 高捜庁は26日、29日午前10時に出頭するよう3度目の要請をした。仮に尹氏が応じれば、まずは任意で事情を聴くとみられる。ただ現状では、尹氏が応じる可能性は低い。3回連続で拒否された場合、逮捕を求める世論が高まる可能性がある。【ソウル福岡静哉】