三谷幸喜監督、映画監督を続けるか否かの分かれ道を振り返る
脚本家として監督の自分を見つめたときに思うこと
『スオミの話をしよう』は9本目の監督・脚本作品となる。脚本家・三谷幸喜から見た、監督・三谷幸喜はどのように映っているのだろうか。 「脚本家として演出家の自分を見たとき思うのは『この人はそんなに演出が得意じゃないのかな……』ということ。だから余計なことをせず、脚本通りに撮ればいいんだよというつもりで書いています」
だからこそ、監督・三谷幸喜は「脚本家に言われるがままにやっている感じです」と笑う。映画監督としては常に「自分が監督をやっていいのだろうか……」と自問しながら作品を重ねてきたというが、大きな分岐点となったのが、映画『ザ・マジックアワー』(2008)だった。
「あの映画で(主人公の三流役者役の)佐藤浩市さんがナイフを舐める場面がありますが、あのシーンは僕が脚本を書いているときに、すごく面白いシーンになると思っていました。(マフィア役の)西田敏行さんも脚本を読んで『あのシーンは早く撮りたいね』と仰ってくれたんです」
実際にリハーサルでも佐藤はナイフを舐めるアイデアを複数提案し、非常に面白いシーンになる予感があったという。三谷監督自身も「このまま舞台でやっても絶対面白い」と自らの脚本に自信を深めた。
しかし同時に「もしこのシーンを映像にしたとき面白くなくなってしまったら、僕が演出家をやる意味がないんじゃないかと思ったんです」と自らを追い込んだという。「映画監督の分かれ道に立ったような気がしました。もしもお客さんが笑ってくれなかったら、本当に演出家としての才能がないということになるので、もう映画監督を辞めようと思ったんです。脚本家としても、この演出家とはもう組まないと思うだろうと」
そんなプレッシャーがありながら、撮影現場では「どうやったら生で見せる以上に面白くできるのか。悩んで撮ったシーンでした」と語ると「幸い、上映されたときも、劇場で皆さんが笑ってくださったようですし、いいのか悪いのかは別として、“ナイフ舐めと言えば佐藤浩市”というような声を聞きました。何とかクリアできたのかなと安堵したことを覚えています」と振り返っていた。(取材・文:磯部正和)