【ルポ風俗の誕生・ハプニングバー】まるで〝ナンパ箱〟に…マニアたちを悲しませたハプバーの〝変容〟
ノンフィクションライター・高木瑞穂氏がさまざまな風俗のジャンルやそれにまつわるモノについてのルーツを探る「ルポ風俗の誕生」。その第1回の「ハプニングバー」後編だ。まさにハプニングから生まれた「ハプニングバー」だったが、メジャーになるにつれ、最初に作った人たちとの思惑とはかけはなれたものとなっていく……。 【全裸の男女も】すごい……盛り上がっている真っ最中に警察に踏み込まれたハプニングバー DVDの発売は、六本木『鍵』をはじめ、ハプニングバーに商機を見た大手資本が続々と参入する引き金になった。そして’04年、警察当局が一斉摘発に乗り出す。ほそぼそと営業していた川口の店は無事だったものの、大手資本の多くは経営者らの逮捕をもって終幕する。それもそのはず。新規参入組の多くは、分を弁えず大手を振って商売していたからだ。 『鍵』の運営にはAV業界でトップ男優として知られていたチョコボール向井が絡んでいた。そのとき公然わいせつ容疑で逮捕されたチョコボール向井が、有名人であることからして大々的に新聞各紙で報道されると、幸か不幸かそれに付随してハプニングバーという言葉も広く知れ渡ることになった。結果、皮肉なことにさらに認知度をあげてカネ儲けの道具にする者が相次いだ。 川口はこの摘発劇について、「当然でしょう。本来は日陰の存在であり、趣味志向が合う変態だけが密かに集い家賃や飯代が出て楽しく遊べればいいくらいじゃないといけないハプニングバーが、あろうことか日の目を見てしまったんだから」と語る。 『ピュアティ』があくまで趣味目的の「非営利のハプニングバー」だとすれば、「営利のハプニングバー」とも言えるのが、最近流行の「ヤリバー」である。マニアが集う場所からひるがえり、’10年頃にカネ儲け主義に走った結果として単独男女が性行為をするだけの場所として産声をあげた。 そしてハプニングバー業界は、’20年、SNSの普及により「出会いバー」へと形を変えて現在に至る。冒頭で記したように摘発が相次ぎ、店内ではその日に性行為をする相手を見繕うだけで「出会う場所」に特化せざるを得ない、という影響も大きかった。 客層は幅広い。「出会いバー」を訪れる男女について川口に聞くと、大学生から社会人まで、まるで〝ナンパ箱〟と呼ばれるナイトクラブのようにして利用していて「どこも儲かっている」というから驚く。 もちろん「めでたし、めでたし」、では終わらない。背景を知るべく、事情に詳しい非営利の現役ハプニングバー経営者を訪ねた。 「ハプニングバーのキモは、男女が楽しく遊べるように差配するマスターにあります。カップルにしても単独男女にしても、遊びに来るのはマスターとのしっかりした関係があってこそでした。 そのマスターさんも、いまや一部を除き変態でもない人だらけになりました。しかも周りを見れば、そこにいるのは性行為目的の男女だらけ。儲かるからいいっていうのはカネ目的の経営者だけで、これではマニアは足が遠のくし、僕らのように真の変態でジャンルを守りたい経営者からすれば迷惑ですよ」 川口が補足する。 「なぜ単独男性(2万円)とカップル(1万円)との入店料に倍のひらきがあるかわかりますか? カップルの男性は、店に大切なパートナーを連れて来るまでに、怖がるパートナーを少しずつ口説いて洋服や下着を新調してあげてと、時間とお金をいっぱいかけています。そこにきて店が単独男性だらけでパートナーをいいようにされたら、もう行くのはやめようとなりますよね」 カネ目的の経営者たちによって、変態たちが掲げるハプニングバーの理想は良くも悪くも変容していた。 〈警視庁によれば、『眠れぬ森の美女』は創業15年を誇る老舗として知られ、1日約80人の客が訪れ、年間約3億円を売り上げていたという〉(読売新聞’22年5月9日) 〈警視庁は『九二五九』が2020年12月以降、SNSなどで集客し、約1億3700万円を売り上げたとみている〉(読売新聞’23年10月30日) そんな実態が報道される裏で、変態たちは涙を流した。「居場所」は儲け主義の「出会いバー」となり、「マニア」は地下に潜り顔を出さなくなった。川口からしても、もちろん「もっと規模を拡大したり出会いバーにしたりしてカネ儲けをすることなど簡単だった」という。だが、当時の川口が出した答えはこうだった。 「目立つということは、世の中に自分たちがわいせつな行為をして汚いカネを儲けてますよって言いふらしているのと一緒。それに大金を投じて豪華な店を作っても、摘発されれば元も子もない。なら現状維持でいい」 前出の現役ハプニングバー経営者によると「現存するハプニングバーは都内に18店舗」で、純粋なハプニングバーに限れば「片手にも満たない」という。 こうした現状を踏まえ、「いま理想を追い求めて歯を食いしばり、力を尽くしている経営者たちには悪いが」と前置きして、川口は話す。 「私が作ったハプニングバーは、あと3年もしないうちに単独男女に食い潰されるだろう」と。 つまり、真のハプニングバーの近い将来での終わりをうたうのだ。 業界の一線から川口が退いたのは、それを悟った3年前のきのうだった。川口の意思を受け継ぎ元ある形のハプニングバー再興に一部のオーナーが尽力するなか、川口はいま、歌舞伎町でハプニングのないBARを営んでいる。 取材・文:高木瑞穂 1976年生まれ。月刊誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。書に『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』、『ルポ新宿歌舞伎町路上売春』がある。コミック『売春島1981』の原作も
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