「WHO is HIRAYAMA?」映画『パーフェクト・デイズ』役所広司が世界に魅せた”凄み”
現在公開中の映画『パーフェクト・デイズ』。主演する役所広司は、第76回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。映画は第96回米国アカデミー賞 国際長編映画賞の日本代表にも選ばれ、すでに世界8ヵ国での公開が決定している。 【プライベート写真あり】妻とCMで共演&息子も俳優…祝・カンヌ主演男優賞受賞!役所広司 謙虚で”恐妻家”な素顔 「カンヌ国際映画祭では、今作を手掛けたヴィム・ヴェンダース監督の代表作『パリ、テキサス』がより成熟した高いレベルで日本を舞台に再び作り直されたようだという声や、車や自転車を駆使してロードムービーの名手・ヴェンダースが復活。“日常生活そのものをロードムービーにしている”といった賞賛の声が寄せられています。 元々この映画は、東京・渋谷区内にある公共トイレを、世界的な建築家やクリエーターたちが、それぞれの視点でリニューアル。活動のPRを目的とした短編映画の企画からスタートしています。まさかこれほど注目を集める作品になるとは、主演する役所広司さんも思ってもみなかったはずです」(ワイドショー関係者) 今作は、東京スカイツリーが近い古びたアパートに暮らす公衆トイレの清掃員・平山正木(役所)が薄暗い内から起き、ワゴン車で渋谷区内の公衆トイレを次々とまわり、隅々まで磨いていく“小さな聖域(トイレ)”を巡る物語。ヴェンダースの言葉を借りれば、 「とてつもない美しい自然を前に、言葉を失い立ち尽くす、あの感覚に近いものを映画が手にする」 観客は、そんな瞬間を味わっているのかもしれない。 一見、修行僧のように見える平山だが、日々の楽しみには事欠かない。 「移動中の車の中で古いカセットテープでルー・リードやキンクス、アニマルズ、パティ・スミスといった’60、’70年代の古いロックナンバーを聞く。そしてささやかな昼食をとる時も、神社の境内から樹々を見上げ、木漏れ日を小型のフィルムカメラでモノクロ写真に収める。 不思議なホームレスの老人(田中泯)との邂逅。仕事が終わると銭湯で体を洗い、浅草地下商店街の定食屋で食事を摂るのも楽しみのひとつです」(制作会社プロデューサー) 休み日に訪れる古本屋や居酒屋の女将(石川さゆり)と交わす会話。そして四畳半の部屋で、眠りにつくまで文庫本を読み耽る。なんと満ち足りた日々なのか。 そんな平山の生き方を 「人はたくさん働いて、お金を得て、欲しいものを手に入れる。それでも満足することなくさらに求める。平山さんは何かを手に入れることもないけれど、自分の生活に満足している」 「コンクリートの建物に囲まれているけれど、彼には森の中で生きているような雰囲気があります」 と役所は語っている。 しかしそんなささやかな日々に変化が訪れる。ある日、家出した平山の姪・ニコ(中野有紗)が平山のアパートにやって来る。ニコは平山を説き伏せて、仕事場にもついて来る。 トイレを一心に清掃する平山の姿を見て言葉を失うが、昼時木漏れ日を見上げ、シャッターを切る姿を見て、ニコにも笑顔が戻ってくる。やがて平山の妹(麻生祐未)が連れ戻しにやって来ると、平山の捨ててきた過去が蘇る。 平山が生きる聖なる世界に、俗なる人たちが入り込んできて心がかき乱される。平山の過去に一体、何があったのか。それが明かされることはない。 しかしそのヒントが、監督のヴィム・ヴェンダース自身によって書かれた 「WHO is HIRAYAMA?」 と題された長いメモ書きに残されている。 「平山の過去については、すでに準備されていました。ところが撮影に入り、平山を見つめるうちに“準備された過去”とは違う過去がある。そう確信したヴェンダースは、主人公の平山がなぜ今の生活に至ったのか、精神のプロセスについて書いた『WHO is HIRAYAMA?』というメモ書きを作成。 そこには、人生のどん底にある時、小さなアパートの窓から差してきた、小さな陽の光に救われる男の心情が美しい言葉で綴られていました」(前出・プロデューサー) 「WHO is HIRAYAMA?」こそ、今回の映画を解くカギ。このメモ書きを元に樹々を見上げ、時にはフィルムカメラのシャッターを切る、一連の“木漏れ日”のシーンが生まれたと言っても過言ではあるまい。 「ヴィム・ヴェンダース監督は、映画のエンドクレジットでも、“木漏れ日”という英語では一言で表しにくい言葉の意味について触れています。ヴェンダースは“木漏れ日”という言葉を通して、平山の心に潜む“もののあわれ”を表現したかったのかもしれません」(制作会社ディレクター) 映画の最後を飾るのは、3分にも及ぶ平山が車を走らせるラストシーン。ここで平山演じる役所は、みずから選び取った人生に対する思いを滲ませる。あの場面で魅せる思いを秘めた涙こそ、“もののあわれ”を誘う。 「人のわからなさを探っていく仕事に就きたい」 その思いから、俳優を志した役所広司。彼は今、日本人の美意識を体現できる“稀有な領域”に足を踏み入れたのかもしれない――。 文:島右近(放送作家・映像プロデューサー) バラエティ、報道、スポーツ番組など幅広いジャンルで番組制作に携わる。女子アナ、アイドル、テレビ業界系の書籍も企画出版、多数。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、近年『家康は関ケ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓。電子書籍『異聞 徒然草』シリーズも出版
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