サカナクションとゲスの極み乙女。に見る「フェス中心」という価値観からの転換 音楽ライター・金子厚武
こうした状況からの変化を感じさせるのが、ゲスの極み乙女。の登場である。今年4月にメジャーデビューを果たしたばかりの新人ながら、瞬く間に人気バンドに登りつめた、今のバンドシーンを代表する存在だ。彼らもまたフェスで人気を博してきたバンドであり、そのバンド名からキャラクター優先のように思われがちな部分もあったが、楽曲の根幹にあるのはジャズやクラシックの要素も併せ持った、独創的なバンドアンサンブル。また、中心人物の川谷絵音は大のポップス好きでもあり、『魅力がすごいよ』はストリングスを配したスケール感のあるバラード“bye-bye 999”で締め括られている。川谷はこう語る。 「夏に向けてシングルを作っていたときは、〈フェスで盛り上がる曲を作ろう〉とか一瞬思ったこともあったんですけど、それは違うなぁと思って。今後はホールとかでもやれるようなバンドになりたいです。これまでの作品からは想像できないかもしれませんが、今回の作品を聴いてもらえれば、イメージが湧くと思います」(ゲスの極み乙女。『魅力がすごいよ』特設サイトより)
オールスタンディングで「盛り上がり」が重視されるライブハウスよりも、椅子席でじっくりと音楽を楽しむこともできるホール公演を望む若手が増えたということは、今を象徴しているように思う。ゲスの極み乙女。と同時にメジャーデビューし、川谷がフロントマンを務めるもうひとつのバンドindigo la Endは、先日来年2月からのワンマンツアーで中野サンプラザをはじめとしたホール公演を行うことを発表。幅広い音楽性が評価され、現在業界人気ナンバー1とも言うべきガールズバンド・赤い公園も、先日筆者のインタビューでホール公演への憧れを語ってくれたし、インディーズで2枚のCDを発表したのみながら、ネットを中心に大きなバズを引き起こしているShiggy Jr.も、冗談交じりではあるが、プロフィールに自ら「2015.03 全国ホールライブツアー(予定)」と記している。 10月21日には、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』が来年も4日間にわたって開催されるということが、すでにアナウンスされている。2010年代後半も、4つ打ちに合わせて右手を掲げるオーディエンスの姿が引き続き目撃されることだろう。もちろん、フィジカルに音楽を楽しむのは素晴らしいことだが、もしフェスの存在が結果的にバンドのクリエイティブの足かせになっていたとするなら、それはとても不幸な話だ。しかし、今のバンドシーンでは、より自由に自らのクリエイティブを追求し、音楽の持つ幅広い魅力を提示しようとする姿勢を持った新しいバンドが確実に頭角を現しつつある。『さよならはエモーション』と“bye-bye 999”は、あるひとつの時代に対して別れを告げているのかもしれない。 ----------------------- 金子厚武(かねこ あつたけ) 音楽ライター。「MUSICA」、「MUSIC MAGAZINE」、「bounce」、「MARQUEE」、「CINRA」などで執筆。