世界各国のエネルギー政策に多大な影響を与えるAIブーム
最近、マイクロソフトがペンシルバニア州のスリーマイル島原発の電力を20年間購入する契約を結んだ事が話題となった。スリーマイル島原発は1979年に2号機で部分的なメルトダウンが起こり閉鎖された。しかし、1号機は2019年に経済的理由から閉鎖されるまで安全に発電を続けていた。今回マイクロソフトはこの1号機の所有会社と契約を結び、その再稼働を目指すようだ。また、アマゾンは同じペンシルバニア州にあるサスケハナ原発のすぐ隣にデータセンター用地を購入した。こうしたビッグテックの動きは今後も広がっていく予想である。益々増加する電力需要に対応し安定電力の確保とグリッドにおける送電ロスを減らすために、データセンターによる電力の地産地消に向かっているということだろう。 ■AIデータセンター設置でテクノロジー分野の強化を諮るサウジアラビア サウジアラビアは過去10年間にわたって莫大な石油収入をテクノロジー企業に投じてきたが、同国の首都リヤドで最近開かれた国際的な投資会議で、AIデータセンターの主要拠点になることをアピールした。 サウジアラビアのサルマーン皇太子が運営する国営投資会社PIF(Public Investment Fund)はソフトバンク社とのヴィジョンファンド設立などで知られるが、その潤沢な資金を国内での大規模なAIデータセンター構築のために、2030年までに130GWの再生可能エネルギー発電能力を達成するべくインフラ増強を行うと発表している。その収入を原油の輸出に頼るサウジアラビアは、将来AIデータセンターを基盤とする電子立国を目指す。そのためには外資の導入が必須となっていて、PIFはビッグテックに対する積極的なアプローチを続けている。すでにオラクルは15億ドルを投じてサウジアラビアにデータセンターを設置しており、最近グーグルも同国での大規模データセンター建設の契約を結んでいる。 以前、AMDが独ドレスデン工場を切り離し、グローバルファンドリー社が設立された経緯にはアブダビ首長国の投資機関の資金提供が有力なバックアップとなった事を書いたが、中東産油国は「石油後」の経済基盤を構築するべく、再生エネルギー、半導体、AIデータセンターといったテック分野により積極的に関与してくる予想だ。 ■米国次期政権のエネルギー・外交政策が不安要素 こうした状況にあって、ビッグテックのみならず、各国政府が注目しているのがトランプ次期大統領に率いられる米国次期政府のエネルギー政策と外交政策である。 すでにCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)からの脱会を表明しているトランプ次期大統領のもっぱらの関心は高関税による政府収入の増強である。「再生エネルギーよりも自国の原油をもっと掘れ」と公言する次期大統領の今後の言動は、太陽光をはじめとするクリーンエネルギー推進企業にとっては不安要因だ。というのも米国は太陽光パネルの輸入を大きく中国に頼っていて、高関税が導入されればエネルギーコストの上昇に直結するからだ。 外交政策の枠組みで決定される輸出規制はAIデータセンターに注力するサウジアラビアにとっても不安要素となる。現在米国政府はNVIDIA/AMDのAIチップの中国向けの輸出規制をより厳格化している。米国政府は中東経由のAIチップの転売についても目を光らせており、システムレベルで中国に転売されるAIチップは規制違反の対象となる。輸出規制は次期政権ではより厳格化される予想がされている。 不安要素を抱えつつ、テック企業のかじ取りには常に是々非々の判断が要求される。 ■ 吉川明日論 よしかわあすろん 1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。
吉川明日論