十二国記シリーズの絵師・山田章博の仕事に迫る 辻村深月が感動した一冊とは?(レビュー)
そして、思い出した。ずっと待ちわびた戴国の物語、『白銀の墟玄の月』一巻の装画が発表された時の、泣きたくなるような胸の高鳴りと痛みを。その瞳と姿それだけで、彼がこれまでの泰麒と違うのだということが伝わり、この先を読むことへの覚悟を問われた思いがした。同時に、「十二国記」を愛し追いかけ続けてきたことの幸福が胸に迫った。 なぜ一枚の絵で、読者の心がそうなるのか。物語の「装画」は、おそらく絵師の物語への理解とまなざし、思想そのものだ。そしてそれは技術だけでは計れない、極めて選ばれた人にしか持てない才能でもある。 実は私も、山田さんに自分の小説の絵をお願いしたことがある。長くファンだった身の分不相応な望みと理解しつつ、ダメでもともとという気持ちでした依頼に対し、返ってきた言葉に心が震えた。山田さんのご承諾を得て、ここに一部を引かせていただく。 「先生には折りにふれて『十二国記』を挙げて頂き、一挿絵画家が著者側に立って申し上げるべきではありませんが、感謝申し上げております。甚だ役者不足ではありますが、山田で問題ないようでしたら是非一点描かせて頂きたいと存じます」 作品への真摯で誠実な姿勢と愛情。大きな物語の歴史を著者とともに作り上げてきた稀代の絵師のまなざしは、こんなやり取りにも宿るのだと言葉もない。同時代に生きる天才の仕事を今、ぜひ多くの方に見てほしい。 [レビュアー]辻村深月 1980年生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞してデビュー。『ツナグ』(新潮社)で吉川英治文学新人賞を、『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で直木賞を受賞。著書に『ぼくのメジャースプーン』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(以上講談社)『ふちなしのかがみ』『きのうの影踏み』(以上角川書店)『盲目的な恋と友情』(新潮社)『朝が来る』(文藝春秋)『東京會舘とわたし』(毎日新聞出版)『クローバーナイト』(光文社)など。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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