ラグビー日本代表主将・リーチ マイケル「自分が変わらないとチームは成長できない」35歳からの挑戦
目指すは5度目のW杯出場! ジャパンの快進撃を支えた勇者たちは次々に去れど、 まだこの男がいる――
ラグビー日本代表に、エディー・ジョーンズヘッドコーチ(64、以下HC)が約9年ぶりに復帰した。 リーチ マイケル インタビュー中にFRIDAYを…記者に見せた笑顔【本誌未掲載カット】 ’15年のワールドカップ(以下W杯)イングランド大会で、優勝経験のある南アフリカ代表をはじめ、強豪から歴史的3勝を挙げた実績を持つが、今年6月22日から7月21日までのテストマッチ(代表戦)は3戦全敗。 ファンから厳しい視線が集まるが、名将から主将を任されたリーチ マイケル(35)は「ここで終わりじゃない。’27年のW杯で必ず結果を出す」と前を向いていた。 7月中旬に筆者が取材した際には、今年から代表に抜擢された若手を褒め、自らの充実ぶりも語っていた。 「昔(の若手)はもっと緊張していたけど、いまの若い選手は喋れる。(先輩と後輩との)ギャップは、そんなにないです。自分も年齢は感じていないですね」 20年前に15歳で来日。札幌山の手高校から東海大学を経て、東芝ブレイブルーパス(現・東芝ブレイブルーパス東京、以下東芝)に入団した。’13年に日本国籍を取り、4年に一度のW杯は’23年大会まで4大会連続で出場している。 ’27年のオーストラリア大会では日本初となる5度目の出場が期待されるが、自身は日ごとの進歩だけにフォーカスを当てる。昨日の自分より少しでも成長したい。 「自分が変わらないとチームは成長できない。だからいま、自分の中で毎日、毎日、ベストを尽くしています」 一時は早めのリタイヤを検討していた。初めて8強入りした’19年の日本大会の頃、股関節の怪我などでコンディションもパフォーマンスも低下気味。トップレベルで戦えないのなら、表舞台から降りよう……。東海大時代に出会った妻ともそう議論した。 「『33歳で終わり』と伝えていました。それまでに、引退してもお金に困らない仕組みを作ろうと。子どもの教育のことを考えて日本に残るか、ニュージーランドに帰るかについても、話し合いました」 だが、その予定は書き換えられた。コロナ禍で公式戦が中止となった’20年に故障個所の全てを手術。その後、己を追い込み高めることで運動量、キレを取り戻し、昨秋、見事に4回目のW杯行きを果たした。帰国後は10年ぶりに東芝の主将となり、国内トップの「リーグワン」で14シーズンぶりの日本一に導いた。 今回の代表では新たなチャレンジに取り組んでいる。慣れ親しんだフォワード(FW)第3列のフランカー、ナンバーエイトに加え、2列目のロック(LO)も兼務。ジョーンズHCの提案だった。 LOは8対8で組み合うスクラムの塊の真ん中に入るため、FW第3列よりも周りの重さをもろに受けやすい。ましてリーチはなで肩で、前列の味方を満足に押すのが難しい。そのため学生時代に挑戦した際に「絶対できないと思い込んでいた」という。’21年に当時の代表スタッフからLOを勧められ、招集を辞退しかけたこともある。 しかし今回は前向きだ。6月22日、イングランド代表戦は後半途中からLOでプレー。7月13日のジョージア代表戦では、LOで先発した。 「1日目は『やっぱり無理だった』と感じたけど、次のセッション、また次のセッションとよくなっていって……もう絶対、できると思っています。LOができればプレーの幅が広がり、あと5年ぐらいは(第一線で)やれるはず」 ’15年のW杯で一緒に南アフリカ代表を倒した五郎丸歩(38)、田中史朗(39)、堀江翔太(38)ら戦友たちはすでに現役を退いた。だが、リーチは最前線に立つ。気心の知れた堀江との「一緒にインドに行こう」との約束が実現するのはまだまだ先になりそうだ。小学5年生の長女が習っているテニスの名手たちは長くプレーしているからだ。 「ロジャー・フェデラーは41歳までプレー。ノバク・ジョコビッチも37歳で現役。彼らの存在がお手本となっている」 遠征、合宿で長く家を留守にする現状に、「家族の理解がないとここまで来られてないです」と感謝。子どもには「いい教育を受けさせたい」と、長女には本人が希望する中学受験のため、毎日の個人指導をつけた。 「お父さんはずっと(家に)いないから……その分、何でもします」 同僚が若返っても、リーチに求められる役割は変わらない。 『FRIDAY』2024年8月16日号より 取材・文:向風見也
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