ザ・大石静劇場!「光る君へ」にハマる視聴者たちは、色恋沙汰上等よ(小麻呂も歓迎)
2024年1月から始まったNHK大河ドラマ『光る君へ』。平安時代を舞台にした、紫式部と藤原道長の関係を大石静脚本で描いています。少女漫画『あさきゆめみし』(大和和紀著)を読んだことのある人は、これまでの大河以上にドはまりしているようで……。黒木華さん演じる倫子さまが愛でる猫の小麻呂(こまろ)も登場すると、ネットの話題をかっさらうほどの人気です。 独自視点のTV番組評とオリジナルイラストが人気のコラムニスト・吉田潮さんに、その見どころポイントをうかがいました。
非恋愛の時代において、逆張りの色恋沙汰ウェルカム状態
ミステリやサスペンスで急に登場人物が恋愛感情を持ち始めると、「それ、今、いらんから」と思うことが増えた。無駄な恋愛要素を入れ込むことで盛り上がると思っているドラマ界の因習に、辟易する自分がいる。世間でも「非恋愛」が流行であり、また異性愛よりも同性愛と人類愛が優勢だ(というか、良作が多い)。 そんな令和において、なかなかに激しい色恋沙汰を展開しているのが、大河『光る君へ』(NHK)である。「それ、今、いらんから」などと微塵も思わない。むしろ「色恋沙汰ご一行様大歓迎!」という空気になりつつある。 主人公は聡明な才女、のちに紫式部となるまひろ。演じるは吉高由里子。大河にありがちな「男勝り(死語)な女子」でも「従順な妹」でも「天真爛漫な姫」でも「豪胆な女」でもなく、貧しい家に生まれた、学問大好きな賢い長女である。当然おっちょこちょいでもドジっ娘でもない。クレバーな長女が、残忍非道な貴族たちの醜い覇権争いを一歩引いた視点で俯瞰する展開へ。権力者側がつづる政争の歴史、ではないところも新しい。いろいろな意味で、逆張り大河である。
恋のキューピッド・直秀がもたらした「志」
まひろの色恋沙汰は苦悩と障壁の連続だ。心にブレーキをかけさせる仕掛けが次から次へと襲ってくる。それもこれも彼女の人間力と観察力を養うために不可欠なのだと思わせる。 まずは三郎、のちの権力者となる藤原道長(柄本佑)だ。同じ藤原でも格が違う。まひろは貧乏貴族で、うだつのあがらない受領・為時(岸谷五朗)の長女。いっぽう道長は、容赦ない謀略で天皇家さえも陥れる傍若無人な右大臣・兼家の三男。学者である父のお陰で学才はあるが、暮らしもままならぬ家の娘と、いずれ政権を担うエリート貴族の息子は、当初、因縁の関係でもあった。まひろの母・ちやは(国仲涼子)を虫けらの如く道端で斬り殺したのは、道長の次兄・道兼(玉置玲央)だったから。母の仇の弟という皮肉な運命に、まひろはいったん心にブレーキをかける。 それでもお互いに恋心を育みつつ、散楽を観に行くふたり。劇中では、散楽は軽業だけでなく、権力者を嘲笑う社会風刺劇でもある。そこに登場するわけよ、ふたりの恋の名アシストが。毎熊克哉が演じた直秀は、まひろには悪政に苦しむ民の本音と現状を伝え、道長には政のあるべき姿を暗に諭したキーパーソンだ。しかも、まひろにほのかな思慕を抱きながらも、道長をアシストして恋のキューピッドに! 貧しい民を救う義賊であったことが判明し、無残にも処刑されてしまったのだが、直秀の死がよりいっそうふたりの心を近づけることに(直秀派のみなさんが悲痛な声で叫んだ鳥辺野回。Rest In Peace直秀……涙)。 直秀がもたらしたのは「志」でもある。民の声を聞き、格差と貧困をなくすこと。道長には正しい政治を行って、直秀のように無残な姿で死ぬ人を減らしてほしいと願うまひろだが、道長は道長で暴走する父や兄姉たちを止めるほどの力も気骨もない。同じ月を眺めて、文のやりとりを重ねるも、温度差はあるわけだ。 道長は恋慕の情がダダ漏れのかな文字の和歌で送り続け、まひろは権力者として正しい志をもってほしいと漢詩に託して、いとしい思いをぐっと抑える。ブレーキをかけてはいるものの、募る恋心は満ちる月のようにふくらんでいく。結ばれない運命とわかっているのに、思いを寄せあって体を重ねたふたりに、切ないやら嬉しいやら哀しいやら。