プールを展示した経緯は? 金沢21世紀美術館・館長が仕掛けた「常設」で人を集める戦略
東京や大阪といった大都市から離れた立地にもかかわらず、年間250万人もの来館者を集める日本有数の美術館・金沢21世紀美術館。2021年からその館長を務めているのが、世界的なキュレーターとして知られる長谷川祐子氏だ。『THE21』では、同館の開設にも深く携わったという長谷川氏に、当時のお話や今後の展望を聞いた。 【博物館・美術館ガイド】宇宙をについて深く学べる施設6選 取材・構成:前田はるみ、撮影:渡邉修、写真提供:金沢21世紀美術館 ※本稿は、『THE21』2024年8月号掲載『私の原動力』の内容を、一部抜粋・再編集したものです。
目指したのは「常設」で人が集まる美術館
今年20周年を迎える金沢21世紀美術館で、2021年から館長を務めています。現代アートというテーマや北陸という立地などの難しい条件の中、年間250万人もの来場者を迎える美術館として、注目していただくことも多いです。 その人気を支える作品が、レアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」。企画展の内容と関係なくいつでも見ることができる常設展示のこの作品を目当てに、大勢の人が訪れます。 実は、私はこの美術館の立ち上げ時、学芸課長として建物の設計にかかわっており、「スイミング・プール」も、私が集客を企図して作家に依頼したものです。バブルが弾けて以降、現代アート系の美術館が軒並み苦戦する中で、どうすればこの美術館のサステイナブルな運営が成り立つのか──そこで考えたのが、国際的な芸術家に建物と一体化した作品を制作してもらい、それを目玉にして来場者を誘致することでした。 この試みは、美術館に観光スポットの性質を持たせ、企画展の内容を問わず集客できる施設にするという点では、予想通り・狙い通りの大成功を収めています。ただ、今なお「展覧会より、とにかくプール」という方が多いことは少し残念。そうした方々にも楽しんでいただける展示を組み立てること、そして現代アートのファンを育むことの必要性を、改めて痛感しています。
京都大学法学部から現代アートの道へ
子どもの頃から芸術に興味はありましたが、当時からその道を志していたわけではありません。大学選びの際も、女性でも自立できるように弁護士か医者になれ、という家庭の方針と、弁護士だった叔父の影響で、京都大学の法学部を選びました。当時は1学年に、女子学生が10人ほどしかいませんでしたね。 大きな転機になったのは、そこで法律相談のボランティアに取り組んだこと。法律相談と言っても、そこに舞い込む相談は、ほとんど離婚や借地借家の問題ばかりだったんです。弁護士になったら、人間のこんなにドロドロした部分と毎日向き合わなくてはならないのか......と思ったとき、自分にはあまり向いていないと悟りました。 そこで結局、元々興味のあったアートの世界に進もうと思い直し、卒業後に1年働いてから東京藝大に入ったんです。入学当初は、主に15世紀イタリア絵画について学んでいました。 なのにあるとき、当時世界的に有名だったドイツ人芸術家のヨーゼフ・ボイスを学生たち主催で大学に呼ぶことになり、ただ「英語ができる」というだけで、その実行委員に加えられてしまって。現代アートなんてまるで知りませんでしたから、仕方なく猛勉強することに......それが、現代アートとの出会いです。 今でも覚えているのは、ボイスが私たちの前で、黒板に東西の文化の融合についてドローイング(線画)を描いたときのことです。終わった途端、その場にいたとある美術館の方に「この黒板、いくらですか?」と聞かれました。目の前でただの黒板が価値あるアートになったことに、とても感動させられました。 今思えば、あれが現代アートの魅力に初めて触れた瞬間だったと思います。