奈須きのこ「ゲームライターとして致死級のダメージを受けました」と言わせた若きクリエイターがLoLと攻殻機動隊から至高のインディゲームを作るまで
『SANABI』。2023年でもっとも賞賛を浴びた韓国インディーゲームの一本である。 『SANABI』画像・動画ギャラリー 美麗で繊細なドット絵のアニメーション、挑戦的でスタイリッシュなアクション、重厚な音楽、そして驚きに満ちた感動的なストーリー……あらゆる面において磨き抜かれた本作は、韓国のみならず、世界で高く評価された。本邦においては、奈須きのこ氏が「軽い気持ちで踏み込んだら、ゲームライターとして致死級のダメージを受けました。」と絶賛したのが、記憶にあたらしいところだ。 なにより衝撃を持って受けとめられたのは、開発陣の陣容だった。 スタッフは半分を占める音楽担当を除けばわずか6名。しかもメインスタッフのほとんどが20代。 開発経験も少ないはずの若き無名のチームが、どうやって大手にも劣らない洗練と魅力を実現できたのかーー。 その秘密に迫るべく、 Indie Intelligence Network (IIN)取材班は現地でのインタビューを敢行した。 「韓国のシリコンバレー」と謳われる城南市板橋のとある施設でわれわれを出迎えてくれたのは、洗練された雰囲気をまとった好青年。 彼こそが『SANABI』の開発会社である〈WONDER POTION〉の代表で、本作のディレクターも務めたユ・スンヒョン氏だ。 今回は、ユ氏から「兵役時代にゲーム開発に目覚めたというユ氏の原体験」「感動と驚愕が連続する『SANABI』の演出や物語の真相」「29歳のユ氏ですら最年長という、韓国インディーゲーム開発シーンの衝撃」など、『SANABI』とそれを生み出した土壌についてとことん聞いた。 本企画は『NEEDY GIRL OVERDOSE』『Touhou Luna Nights』などを手がけたインディーゲームレーベル「WSS playground」代表の斉藤大地が、noteで2000人の購読者を集めたゲーム批評媒体「ゲームゼミ」主筆のJiniと共に、インディーゲーム制作に役立つ知見=Intelligenceを獲得するべく100%自腹で世界各地を取材して回る、次世代のゲームジャーナリズム「Indie Intelligence Network」の一部です。 記事はここ「電ファミニコゲーマー」のほか、英語、中国語のメディアにも同時翻訳・掲載される予定です。 本稿は英語、中国語、韓国語に翻訳されています。 以下の内容は、『SANABI』の結末までのネタバレを含みます。あらかじめご注意ください。 聞き手・編集・企画/Jini 聞き手/斉藤 大地 文/千葉 集 写真/伊豫田 旭彦 ■若きゲームディレクターの肖像 ──本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介からどうぞ。 ユ・スンヒョン氏(以下ユ氏): ユ・スンヒョンと申します。開発会社WONDER POTIONの代表で、『SANABI』ではディレクターを務めました。 斉藤大地(以下斉藤): 想像していたよりお若い方ですね。不躾ですが、今おいくつくらい? ユ氏: 29歳です。 斉藤: お若い! ──自分も近い世代ですが驚嘆の気持ちしかありません。さて、まずはユさんがゲーム開発者を志したきっかけを教えてください。 ユ氏: ゲーム開発は、ずっと僕の夢でした。 幼いころからマンガやアニメは大好きでした。でも、それはあくまで傍観者という少し離れた立場から楽しんでいただけだったんです。 転機になったのは、小学生のとき。カプコンの法廷アドベンチャーゲーム『逆転裁判』に出会ったときです。もう夢中になりましたね。ストーリーや主人公に深く没入する体験をそこで初めて味わいました。あの世界にいつまでも浸っていたくて『逆転裁判』のサントラを四六時中聴きつづけ、曲のタイトルをすべて覚えてしまったほどです。 そうして、「自分もいつかこういうゲームを作る側になりたい」という夢を抱きました。 ──韓国でも『逆転裁判』はメジャーだったんですね。ところで、韓国の若いゲーマーの多くが『リーグ・オブ・レジェンド』(以下、『LoL』)を通る印象がありますが、ユさんはどうでしたか? ユ氏: もちろん、僕も昔は『LoL』に熱中する高校生の一人でしたよ!実は、けっこういいところまでいきまして、多分、セミプロクラスの腕前はありました。 ところが、韓国には兵役義務があります。大学に進学してすぐに軍隊に入らなければならなくなったんです。 ──ああ、韓国といえば男性に最長21か月の兵役が課されますよね。 僕にとっての『LoL』がそうであったように、韓国の若い男性はティーン時代に打ち込んできた勉強や遊びを、軍隊でいったん取りあげられてしまいます。草むしりや、訓練など、兵営での生活は退屈で、僕はのめりこめる対象をすっかり見失っていました。 そうした日々のなかで、僕はさまざまな思索をめぐらせるようになりました。そのうち、自分が本当にやりたいことはゲーム作りだったことを思い出していった。一度それに気づいてからは、ゲームのアイディアが次々に思い浮かびはじめました。そして『SANABI』の開発が始まったんです。 ──徴兵制度のない国の人間として気になるところなのですが、韓国では兵役中にユさんのように将来の夢や身の振り方を考え直したりする、というのはよくあることなのでしょうか? ユ氏: たいていの人はそうだと思います。好きこのんで軍隊に行く人間はあまりいませんし、毎日の作業も単調です。だから、自然と自分自身の人生を見つめなおし、来し方行く末に思いを馳せるようになっていくんだと思います。 ■『逆転裁判』という原体験 ──そうしたユさんの「夢」の原体験となった『逆転裁判』ですが、具体的に『逆転裁判』のどういったシーンに感銘を受けたのでしょう? ユ氏: うーん……特定のどれかひとつ、となると簡単ではないですね。子どものころの大切な作品というのもあって、どの作品、どのシーンにも思い入れが深い。 それでも強いて挙げるなら、そうですね、エンディング……でしょうか。 クレジットが流れる時に、それまで登場したキャラクターたちが「その後」を語ってくれますよね? 幼い僕はあれを見て、無性にかなしくなったんです。 それまでずっといっしょに過ごして親密な関係を結んでいたはずのキャラクターたちが、自分から切り離されて、「その後」の人生を楽しそうに謳歌している……まるで遠くに引っ越した親友から手紙をもらったような気分でした。 僕の理想とするゲームは、さまざまな要素の単なる寄せ集めではなく、渾然とひとつに融けあって完成されたものです。 『逆転裁判』も、キャラクター、アート、サントラ、場面といったひとつひとつの磨き抜かれた要素が有機的に融合した作品だからこそ、こうして深く心に刻まれています。 ──まさに『SANABI』もそのように出来ていますよね。開発チームのメンバーそれぞれの持つ個性がひとつに融け合って、ひとつのすばらしい作品に結実している。 ユ氏: 『逆転裁判』は人生でいちばん影響を受けたゲームなので、通じる部分を感じとっていただけたのなら光栄です。ただ『逆転裁判』だけでなく、その後に学生時代を通じて色々なゲームに触れる機会があり、その中で出会った様々なゲームで味わった経験が、自分の理想のゲーム観、ひいては『SANABI』に繋がっていると思います。 ──では、『逆転裁判』以降にユさんがプレイして、どのような作品に感銘を受けましたか? ユ氏: 僕のベストゲームは、『Skyrim』と『Portal 2』と『Outer Wilds』の3作。いずれもプレイヤーに深い経験を与えることに成功している作品です。 ──「経験」ですか。 ユ氏: はい、経験(경험、キョンホム)です。インディーやAAAといった規模に関係なく、単なる娯楽以上の深い経験を与えてくれるゲーム。そうしたものこそを僕は理想としています。 ゲームは経験でできています。ストーリーも、ゲームメカニクスも、それぞれ大事ですが、それら1つのみでは作品は成立しません。 僕は昔『Portal』を初めてプレイしたとき、韓国語の字幕をつけられることを知らずに、自分にはわからない英語バージョンのままでクリアしてしまいました。そのときの印象は「おもしろいパズルゲーム」程度のものだったのですが、あとで韓国語の字幕をつけ、ストーリーを理解できる状態にして一度遊んだところ、はじめて『Portal』というゲームの魅力に気づきました。ストーリーとゲームメカニクス、どちらが欠けても『Portal』の真の経験は得られなかった、というわけです。 プレイヤーはゲームメカニクスやストーリーやアートなどから個人的なプレイ体験を受け取り、それを積み重ねながらゲームと個人的で親密な関係を築き、最終的に自分だけの経験を形作ります。このパーソナルな経験こそが、ゲームにおける最も重要な部分です。 斉藤: うん……うん!本当にそうなんですよ! ──斉藤さん、何か言いたげですね。 斉藤: 私もプロデューサーとして、インディーのクリエイターたちにも「ゲームとはエクスペリエンスである」とつねづね言ってきたので、すごくよくわかります。 『NEEDY GIRL OVERDOSE』でも、シナリオのにゃるらさんから「インターネットは薬物より飛べる、ヤバい」ということを引き出すまで聞きました。それを経験させるために即座に仕様を切り直しました。 ──「経験」に注目するうえで『Portal 2』と『Outer Wilds』は理解できるのですが、『Skyrim』は少々意外な選択です。 ユ氏: いえ、僕にとって『Skyrim』で味わう「経験」は、その2作に匹敵するものです。実際、夢中で遊びすぎて、もはやスカイリム地方の住民そのものとなっていましたから(笑)。確かに、『Skyrim』のストーリーやグラフィック、戦闘システムといった各要素は完璧ではないのですが、それぞれが組み合わさることで驚くほど自由かつ素敵な「経験」を与えるゲームになっています。 ちなみに、僕は『Skyrim』をプレイするとき、かならずファストトラベルを無効にするMODをいれていました。こうすると、普通に遊ぶよりも不便になってしまいますが、その分、馬に乗り、風や景色を感じながら、あの美しく完成された世界を味わう、それがなによりの快感だったんです。 ひとつの世界に包まれる感覚を与えてくれること、それが『Skyrim』での最も印象的な贈り物でした。 ──『Outer Wilds』のようなインディゲームは、どうでしょうか。 ユ氏: ええ。昔はAAAタイトルを中心にプレイしていましたが、あるときに『Braid』に出会って、こんなゲームがあるのかと驚きました。以後は、『PORTAL』や『Ib』、『魔女の家』といったタイトルに触れ、どんどんインディーゲームの沼にハマっていきました。いまや遊ぶゲームのほとんどがインディーゲームですね。最近プレイしたタイトルで印象深かったのは『DEATH STRANDING』です。一般的なインディーよりは規模の大きい作品ですが、僕の基準ではもっとも「インディー」的なスピリットを感じるゲームでした。 最近のAAAのゲームはどれも似たりよったりになってしまいましたが、インディーの分野にはまだ独特な表現や強力な経験が残っています。 ■SANABI:メカニクス、サイバーパンク、朝鮮 ──いよいよ『SANABI』のおもしろさの秘密に切り込んでいきたいと思います。 まず、「サイバーパンクというジャンル」で、「ロープを使ったアクション」のゲームを作る。こうしたコンセプトはどのようにして生じたのでしょうか? ユ氏: 僕は、初めにゲームの中心となるゲームメカニクスを決めてから、そのメカニクスに合うテーマやストーリーを考える順でゲームを開発します。 つまり、『SANABI』であれば、まず「ロープアクション」というメカニクスに決めてから、「サイバーパンク」というテーマ、そしてストーリーを決めていきました。 小学生時代に大好きだったゲームのひとつに『Worms』というゲームがありました。そのなかに「ニンジャ・ロープ」というアイテムが出てきます。使うと、壁や天井に取りついてスイング移動ができるようになります。 僕はこのゲームメカニクスがとても好きで、ロープアクションだけで完結したゲームが存在しないことを心底残念に感じていました。その思いが昂じて、ロープアクションだけのゲームをやろうと決めたんです。 ロープを持たせるとなると、主人公はスパイダーマンのような異能力者か、あるいはなにか特殊な道具を用いなければいけませんよね。後者を選び、武器としても使えるロープを機械的に発射する設定にしたとして、そうしたギミックがしっくりくるジャンルはなにか──そう、SFです。 ユ氏: もともと僕はサイバーパンクの雰囲気が大好きでした。 特に影響を受けたのは「攻殻機動隊」……特に、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』ならびに『イノセンス』と、神山健治監督の『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』です。高度に発展したテクノロジーが社会や人間性まで侵食しているような世界で、人間とはなにかを問い直す。そうしたストーリーや世界観に惹かれて、サイバーパンクを自分でも描きたくなったんです。 ──敵方はレーザーやプラズマキャノンといったハイテク兵器を使ってくるのに対し、主人公はむしろローテクなロープアーム武器をメインにする、というのは対照的でした。 ユ氏: そうしたアナクロニズムは意図的にやっている部分もあります。作中でも主人公の武器はよく「時代遅れ」と指摘されますし、修理部品も闇マーケットでしか手に入らない。プレイヤーに「この主人公は古風な人間なんだな」という印象を与えたかったんです。 ──主人公の軍服が朝鮮王朝時代を思わせる「具軍服」だったり、『SANABI』は他のサイバーパンクと違う、韓国ならではの独自性があります。この点はどう意識されたのでしょうか。 ユ氏: まず、私自身が韓国の都市で生まれ育ちましたから、せっかくなら自分がよく知る光景をベースに韓国ならではのサイバーパンクを作ろうと思ったのが、1つの理由です。 サイバーパンク作品では、よく日本や中国の都市がイメージソースに採られますよね。でも韓国も都市の、少し古めの路地に入ると、古いネオンや少し汚れたビル群、漢字とハングルの混ざった看板など、いかにもサイバーパンクらしい光景が広がっていて、『SANABI』の世界観はそこから直接影響を受けています。 もう1つ、朝鮮王朝的なモチーフを選んだのは、朝鮮が500年以上に渡って国を支配した、世界でもあまり例のない王朝だった点に立脚しています。 一般的なサイバーパンクは「資本主義が膨張した結果、企業が国を超える権力を持った」という世界観に基づきますよね。しかし『SANABI』のサイバーパンクはその逆、つまり国家が企業の権力を大きく上回った世界観に基づいており、これが物語の核心になっています。 ──そこがまさに『SANABI』の魅力だと思います。深堀りしがいのある、豊かな背景を持ちながら、物語的にはミクロなところに集中する。世界観の詳細をメモなどの形で補足する手もよく使われますが、本作はとある重要なシーンだけをそれをやっていたのも効果的でした。 ユ氏: 実はチーム内部でも世界観を説明するためのサイドストーリーやメモを入れるべきではないかという検討もしたのですが、結局、2人のドラマに対してトーンがどうしても合わなかったんですよね。そのため、そうした説明要素に関しても省略することにしました。 ■アート、カメラワーク ──『SANABI』の制作プロセスは、具体的にどういった流れだったのでしょう? ユ氏: 基本的な順序としては、まず、ストーリーや脚本を作り、それを受けて展開に沿うアートを仮に描いて、ゲームに入れて実際どのように見えるかを試す、といったサイクルになります。 ですが、コンペやクラウドファンディングで資金集めをしていた関係で、「いついつまでに、このパートまでの体験版が欲しい」と急に期限を切られることがよくありました。そのときは他のすべての作業を止め、体験版の制作にリソースを集中させていました。 今振り返ると、けっこうギリギリのスケジュールで開発を進めていましたね。 ──シナリオや脚本を担当されたのは? ユ氏: シナリオ・脚本は僕です。なので、僕の作った脚本をもとにアート担当班に指示を出していたわけですけれど……これは見てもらったほうがはやいかな。 斉藤: あ!これは開発資料じゃないですか! 一同: これは貴重な資料を……!ありがとうございます ──さて、ピクセルアートやアニメーションの美しさも日本でも高く評価されていました。エンドロールでアート部門としてクレジットされているのはヘオさん(YUJI HEO)とリーさん(SUHO LEE)のお二方ですけれども、どのような役割分担がなされていたのでしょう? ユ氏: キャラデザインとアニメーションをリーさんが、背景をヘオさんがそれぞれ担当していました。特にアニメーションの部分はリーさんがすさまじい執念を懸けていて、チームにいる僕たちですら驚くクオリティにしあがりましたね。 この美しいピクセルアートを活かすべく、僕もさまざまなカメラワークの技法を駆使して演出をほどこしたんです。 斉藤: 実は私も『SANABI』のカメラはすごく効果的で、印象に残っていたんですよ。特に、2D横スクロールアクションでああしたカメラワークはあまり例がないと思います。私も『Touhou Luna Nights』など2Dアクションゲームを多く手掛けましたが、あのカメラワークの数々にはいたく感銘を受けました。なにを参考にされたのでしょう? ユ氏: 映画です。映画って同じシーンでもショットの撮り方やカットの切り方によって印象が百八十度違ってきますよね。もともと映画ファンなのもあって、そうした映画の方法論に大きくインスピレーションを受けてきました。 斉藤: 映画!具体的に映画のカメラワークのどんな部分を参考にしたのでしょうか?コツなどあります? ユ氏: あはは、特別「コツ」というほどのことはありませんよ。ただ、どうすればプレイヤーが没入できるか、場面ごとに毎回考えてはいましたね。たとえば、ショッキングだったりエモーショナルだったりする場面ではカメラをズームインさせ、キャラクターとプレイヤーのあいだで感情的な距離を取りたい場合にはズームアウトさせる、という具合です。 斉藤: なるほど、なるほど。特に私は終盤の、階段から落ちるシーンがすごく印象に残っていて。あれはサイドビューを最大限に活かした、すごく効果的な演出でしたよね。 ユ氏: ありがとうございます。 ■ストーリーと監督官 ──主人公のバディとなるマリは、ストーリー上、とても重要なキャラですよね。マリへの愛着をプレイヤーに持たせられるかどうかで、ストーリー体験の質が大きく変わってくる。ここを成功させるのは高いハードルだったと思うのですが、どのような工夫をされたのでしょう。 ユ氏: いかにマリと(主人公の)娘が連続した存在であるか、というのを暗示させることを意識しました。特に娘の造形は重要です。『SANABI』の主人公を駆り立てるモチベーションは、殺された娘の復讐。プレイヤーにはまずこの娘に愛着を抱いてもらう必要がありましたから。 そのために、幼い娘のアクションや仕草を誇張して、できるだけ可愛らしく描きました。そうして、その後、入れ替わりで登場するマリに娘の姿をオーバーラップさせ、プレイヤーの愛情を移入しやすくしたんです。 斉藤: 非常によくわかります。私にも3歳になる娘がいますが、マリが本当にかわいくて、かわいくて!自分の娘と同じぐらい愛おしく感じました。 ──ここからはすこしネタバレになってくるのですが…… ある程度察しの良いプレイヤーなら、序盤に出されるいくつかのヒントから、「マリと娘が同一人物」と早い段階で気づくと思います。しかし、そこから同一人物であると裏付けられる後半までの「わかりそうでわからない」バランスが絶妙ですよね。このミステリ部分はどのように調整されたのでしょうか? ユ氏: 実は、すこしズルいトリックを使っているんです。 プレイヤーが「マリ=娘であること」を確信するのは「娘が亡くなってから10年が経った」と明かされた段階だと思います。しかし、序盤ではその情報を伏せました。オープニングから本編までをシームレスにつなげ、劇中でさほど時間が経過していないかのようにプレイヤーを錯覚させたんです。 このトリックはヒッチコック映画などに見られるマクガフィンの概念を応用しました。実際にプレイされた方なら、『SANABI』におけるマクガフィンがなんであるかは想像がつくと思います。他には、自分が浴びるように観てきた韓国映画の影響もどこかにあるかもしれません。 ──ACT3の工場の場面で、監督官という巨大なロボットが主人公を執拗に追いかけてきます。それまでの敵は比較的容易に倒せたのに対し、この監督官は絶対に打倒できない存在で、難易度の高いパートです。この監督官の存在については、レビューでも賛否両論ありました。 以前、別のインタビューで「監督官の場面に力を入れた」とお話されていたと思うんですが、このあたりについて、詳しく伺いたいです。 ユ氏: 「監督官」はストーリーとゲームメカニクスの両面で必要な存在でした。 まず「監督官」を用意したメカニクス上の理由として、ACT3以前に出てくる敵が弱すぎたことへの反動があります。このため、序盤は敵を倒す爽快感をプレイヤーに与えられましたが、やがて単調な作業に堕して、飽きられてしまうことを危惧したのです。なので、アクセントをつける気持ちで、「逃げるしかない強大な敵」を用意したんです。 一方、ストーリー上の理由としては、2人の関係をいちど離すために「監督官」が必要でした。 序章に出会った2人は、いくつもの困難を乗り越えて、既に親密な関係を築いています。そこで、この2人の成熟した関係を試す存在として、圧倒的な恐怖を象徴する「監督官」が登場するわけですね。そして、無敵だった主人公にも太刀打ちできない「監督官」を前にして、これまで助けられる側だったマリが逆に主人公を助ける。これによって、親密になった2人の関係がまた違ったものとなる、そういう狙いがありました。 しかし、実際にリリースすると、仰るように「監督官」の不評が届きました。そこで、自分なりにその理由を分析してみたんです。 ACT3までは「敵を倒す→ロープで捕まえて足場にして移動」という流れができていた。ロープアクションに馴染んでいないプレイヤーにもわかりやすいプロセスだったと思います。 しかし、「監督官」は無敵故に、そもそもロープで捕まえることもできず、従って足場にもできません。そのため、どこにロープを投げればいいかわからずに戸惑ってしまう。そのうえ、タイムリミットも設けられていて、画面的にも切迫感のあるシーンですからね。焦りで、さらに難易度が上がってしまったのではないか。 いろいろ考え合わせると、プレイヤーに不愉快な経験を与えてしまったのかな、とすこし後悔しています。特に開発が佳境に差し掛かると、開発者たちはすっかりゲームに慣れきって「これぐらいでも大丈夫だろう」と極端な難易度を見過ごしがちになります。そこが反省点でしたね。 斉藤: うんうん。めちゃくちゃわかります。 ──しかし個人的には、「監督官」があれほど強力だったからこそ、仰るようにストーリーが印象深いものになったと思います。「監督官」は親子の別れの象徴ですし。 ユ氏: 韓国のフィクションには家族に関する物語が多いのですが、『SANABI』もまた家族の物語です。同時に、大切な家族ときちんとさよならを言うための物語でもあります。マリにはあるタイミングで親離れする機会があったわけですが、生まれ持った圧倒的な才能のせいで、その別れをきちんと遂げられなかった。だから、その「お別れ」を最後に成し遂げることで『SANABI』の物語は完成するんです。 ■ゲームジャムに詰めかける若者たち ──チームメンバーについてお訊きしたいです。『SANABI』開発チームの五人のメンバーはどのようにして集まったのでしょうか? ユ氏: 主にゲームジャムを通じて仲間を集めました。 当初は自分の大学にあるゲーム開発のクラブで集めようと思ったのですが、商業レベルを目指すとなると狭いサークルでは限界を感じるようになりました。 そこで、自分の意志やビジョンに合うメンバーを探そうと、韓国の各地で開催されるゲームジャムに参加するようになったんです。ネット上で個人が開いているようなものから、韓国最大級のインディーゲームフェスである釜山インディーコネクトフェスティバル(BIC)主催のものや大手企業が主催しているものまで、参加できるものはだいたい行きました。 ゲームジャムの参加者の大半は趣味で来ているような人たちです。そんななかで自分の求める「本気」の人材は、かなり希少だった。そうした状況で、「これは」と思った人物に直接コンタクトをとっていき、今のメンバーが集まりました。 まあ、各地のゲームジャムを渡り歩いた、といっても韓国で開かれるゲームジャムは年間で7つか8つくらいなのですが。 ──身近なところでなく、ゲームジャムから集めたのは興味深い。だったら、チームにも中年ぐらいのベテランの方から、学生まで幅広くいらっしゃるのでは? ユ氏: 出会ったときはまだ高校3年生だったメンバーもいますね。彼はまだチームにいます。 斉藤: ちなみに、チームの最年長は? ユ氏: 29歳の僕ですね。 一同: へえ~~~! ユ氏: ? なにか……そんなに驚くことが? ──いえ、平均でも20代半ばのチームによって『SANABI』ほどのゲームが作られたというのは、正直想像もしていなかったものですから……。 ユ氏: わたしはそんなに若くないですよ。韓国で開かれるインディーゲームフェスに行くと、僕が一番年上くらいになってしまいます。最近では、ゲームジャムに行くと、参加者の7割くらいは中学生ですね。 斉藤: ちゅ、中学生が7割!?? ──ヤバい。 ユ氏: 実際、韓国の十代のゲーム熱はすさまじいものがあります。 ゲームジャムやフェスティバルが開かれるたび、どこから聞きつけてくるのか、毎回ティーンエイジャーが大挙して押し寄せてくるんです。 昨日も、Interactive Arts Conferenceという、ここにも同席してらっしゃるペ・サンヒュンさん主催のカンファレンスが開かれまして、僕も登壇しましたが、客席は若者たちで埋まっていました。 斉藤: 実は私もそのカンファでパネリストのひとりとして出席していました。まったくおっしゃるとおりの大盛況だった。ゲーム批評やプロデュース戦略などの、あまり一般的なゲーマーが興味を持たないようなテーマのパネルも多かったのに、大勢の若者たちがすごく熱心に聴き入っていた。 あの熱気が謎だったのですが、そうか……そんな背景があったのか。 ──『SANABI』のようなゲームが若い開発チームから出てきたのも、そうした土壌があってこそだったんですね。 ■あの手この手の資金調達 ──韓国のティーンに対する衝撃が抜けきりませんが……次の質問に移ります。開発開始時点では大学に在籍されていたと思うんですが、開発期間中にそのまま卒業してしまうことへの不安などはなかったのでしょうか? ユ氏: 実はゲーム開発中は休学をしていたので、まだ大学に在籍しています。 韓国では徴兵制があるため、多くの男子学生は休学をして兵役に向かいます。とはいえ、通常は2年ばかりですが、僕たちの世代には新型コロナウイルスの流行があった。その結果、特例的に6年までの休学が許されるようになったんです。 僕も順当に卒業していたら、就活に悩んでいたかもしれません。しかし、在学期間中にゲームがヒットしたので、結果オーライですね。 ──資金の調達についてはいかがだったのでしょうか。管見するかぎり、パブリッシャー(Neowiz)、クラウドファンディング(Tumblebug)、アーリーアクセスといった感じで、さまざまなルートから資金を集められていたようですが。 ユ氏: まず、韓国には小さなゲーム会社に資金を出す制度がありまして、そこから援助を受けました。それからはコンペに出て獲得した賞金を開発費用に充てました。 転機になったのはBICで賞を獲ったときでしたね。 Neowiz さんからオファーを受けて、そこで初めてパブリッシャーがついたんです。それからもさらに独自に Tumblebugでクラウドファンディングを募ったり、アーリーアクセスを始めたり……。 思い返すと、最初から長期的な資金調達プランを準備していたわけではなくて、今必要な資金をどう調達するかでずっともがきつづけていた気がします。 ──ところで、クラウドファンディングにあたって、『SANABI』に対する韓国国内からの反響はどういった感じだったのでしょうか? ユ氏: 開発2年目くらいのタイミングでクラウドファンディングを開始したのですが、それ以前からもゲームショーやコンペティション、あるいはYoutubeを通じて『SANABI』を知っていた方々がけっこういらっしゃったようで、すぐに大きな反響が来ました。 驚いたのは、そうしたファンの方々に「こういうゲームがクラウドファンディングをしているぞ」と、草の根的に拡散いただいたことです。さらにクラウドファンディングを始めたタイミングで出した体験版が好評だったのもプラスに働きました。そこでプレイしたイントロ部分に引き込まれてファンになった、という方がたくさんいたんです。 作曲担当のひとりであるInvader 303さんも、体験版を出したことがきっかけで縁ができた一人です。あるとき、カザフスタンに住んでいる彼の方から「体験版をプレイしたよ。今自分の作っている音楽がきみたちのゲームにピッタリだからぜひ使って欲しい」という情熱的なメッセージが来ました。 彼は場面ごとの感情をプレイヤーに伝えるための音楽を作れる人です。たとえばACT2の〈正義〉との戦いでは「強敵との対決」といった雰囲気を出したかったのですけれど、まさにその要望にぴったりとハマる曲を作ってくれました。 ──実は、作曲の方だけカザフスタン出身であると他のインタビューで話されていたので気になっていたんですが、体験版の反響からチームに加わったんですね。 ■奈須きのこの称賛 ──『SANABI』は日本でも大変な評判を呼びました。代表的な例が『Fate』シリーズなどで知られるゲームシナリオライターの奈須きのこ氏による称賛です。ブログで「ゲームライターとして致死級のダメージを受けました」とその衝撃を記していました。 そうした反応について、どう感じておられますか? ユ氏: 感無量です。大感激。僕も幼いころから『空の境界』や『月姫』は大好きで……『Fate/stay night』は年齢制限で当時プレイすることはできなかったんですが……とにかく奈須さんは大好きな作家でした。 尊敬する作家からそのようなお言葉をいただけるのは、ちょっと「嬉しい」とか「自慢だ」といった言葉では説明しきれないですね。 韓国語では「成功したオタク(성덕、ソンドク)」という表現があって、「推しに認知してもらえるほどのトップオタク」というような意味なんですけれど、まさに「ソンドク」になれたなと周囲に自慢しました(笑) ──奈須さんは「ネタバレになるから」という理由で具体的に『SANABI』のどこに感動したかは明言していませんが、ユさんは『SANABI』のどこが奈須さんに刺さったと想像していますか? ユ氏: そうですね……重要なキャラを序盤でいきなり殺したところでしょうか(笑) 僕は奈須さんの刺激的なストーリーテリングの大ファンなので、そこを気に入ってくれたならいいなあ、と思います。 ……これ、大丈夫かな? 奈須さんに対して失礼にならないでしょうか? ──奈須さんが聞かれたら、きっと喜ばれると思います。 ■次回作へ。 斉藤: 残り時間も少なくなってきたので、ぜひ、これだけは訊いておきたいのですが……なぜマリはラストシーンでフックを継ぐんですか? ユ氏: ひとつには劇中でマリが「私は父のようになる」と話す場面があるので、その伏線回収ですね。 もうひとつは……次回作へのヒキです(笑) 次回は……メトロイドヴァニアを作ろうかなと検討しています。 斉藤: ハッハッハ、わかるわかる(笑) これぜったい次回作あるなとおもったもん。 それはともかく、ユさんがゲームメカニクスを大事にするクリエイターであることは今回のインタビューからも伝わってきました。父と娘の関係性、親子間での継承もゲームメカニクスの流れで描かれているのでほんとうに力強く、印象的で、美しい。 ──最後に、読者に向けてメッセージをいただけるでしょうか? ユ氏: ここまでインタビューを読んでくださり、ほんとうにありがとうございます。『SANABI』はいたらないところも多いゲームだとは思いますが、いいところを取り上げて評価してくださって、感謝の気持ちでいっぱいです。 今頃は日本語訳も改善されているはずなので、より多くの方々に遊んでいただければな……と思います。 ──ちなみに聞くべきか迷っていたのですが、発売当初、日本語訳の品質があまりよくないという評判がありました。なぜ、この問題は起きたのでしょうか? ユ氏: 翻訳を依頼しようとした時点では金欠で……頼んだ会社が下請けの下請けの下請けみたいなところに出してしまっていたようです。 斉藤: インディーゲームあるあるですね。改善されてよかった。ほんとうに、すばらしいゲームなのでね。 ──私自身、批評家として活動をしていて、心から『SANABI』に感銘を受けたことで長編批評も書かせていただいたのですが、それを担ったチームの代表であるユ氏にお会いできて心から嬉しく思います。あとソン少佐のグッズを日本で出してください。 ユ氏: フフ、ありがとうございます。 かつて『逆転裁判』に魅了された少年は、韓国を代表する新鋭ゲームクリエイターへと成長した。 ゲームや映画から得たさまざまな知見によって裏打ちされたユ・スンヒョン氏の知性は、今後もWONDER POTION の支柱として、新たな”経験”を生み出していくことだろう。今後の韓国の、いやアジアのゲームシーンをリードするであろう新星の誕生を言祝ぎたい。 一方で、今回の取材でIIN取材班に少なからぬ衝撃を与えたのは、韓国のゲーム界隈の「若さ」である。日本と同じく超少子高齢社会へ向かいつつあるはずの韓国で、ゲームジャムやカンファレンスに熱情と好奇心をもった若者がつどっている。さらにいえば、WONDER POTION が入居し、今回のインタビューの舞台となったビルも政府(日本で言えば国土交通省)傘下の公営企業が所有するインキュベーション施設である。同施設には WONDER POTION 以外にも無数の新興ゲーム会社が入っている。 もちろん、ユ氏自身が語っているように、無名のクリエイターが一からゲーム作りを行うにあたっては相当の苦労を要することはどこの国でも同じだろう。『SANABI』が実現したのは彼とそのチームが自分たちの夢を信じ抜いた結果だ。 しかし、夢という名の種は、良質な水と土がなければ育たないのも事実。 果たして、『SANABI』が育つような「土」が日本には残っているだろうか。「水」を与えてくれる誰かは存在するのだろうか。そもそも、若者が「種」となる夢を抱くことのできる環境なのだろうか──そんなことを考えさせられるインタビューだった。 終わりに、この場を借りて、インタビューのセッティングに尽力してくれたVittgen Inc.代表のペ・サンヒュン氏と、通訳を務めてくれたrondo氏に心からの謝意を表したい。 「Indie Intelligence Network」では、今後も順次、長編取材記事を掲載してまいります。
電ファミニコゲーマー:Indie Intelligence Network
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